THE邦画って感じの邦画ですねえ。
なんというか、惹きつけられるものがある。邦画というのは長尺というか何もしない部分が多くて俺の中で不評なんだけども、その間が適度だったなーという印象。あと気にならせるポイントというか、「この人だれですか?」みたいな感じで追っていくというキャッチーさ、主人公に明確な目的があるといのが分かりやすさ的な良さと引込みみたいなのがありますクリフハンガー的な?いや使い方違うか?
あとなんか中盤の囚人のジジイがいいキャラしてるんだよな。
何の悩みもなさそうな狂人的なキャラってなんか見てて気持ちいい、っていうか役者の縁起が良い。まあこの人に限らないけど
あとセリフがいいよななんかドキッとするセリフがあるというか。「自分の人生は自分だけのものですから」「この人生は手放したくないですねえ」とか。
でもですね、なんというか、不満なところがあります。いや不快なところか。
この映画の中で、帰化人とかについて語られる部分があるわけです。主人公が帰化人であり、それについて日本人が「お前アレだろ!ガハハ!」みたいなツッコミがあるみたいな。それについて主人公がキレるみたいな。
それにですね、ナニカ作者の意図的ななんというか、「お前ら日本人は無理解だよ」的なそういう主張を感じるわけですけども。
でもまあ、一部言い分もわかるわけですよね。全てを批判したいわけでもない。
真面目にやってる帰化人もたくさんいるわけですよね。それで国益になっている部分もあるわけです
でも、もしも作者がそういう意図で、批判しようとこれを作ったのだとしたら反論したい。
つまりこういうことです。
「でもそれってあんたらも同じじゃん」
「(批判する)日本人は(まともな)帰化人を理解していない」っていいたいんでしょ。
でも逆に「帰化人も日本人を理解していません」よね
だって怖くありませんかね。日本人としての目線で、今クルド人問題とか、中国スパイとかがいるらしいでしょ。政府にも入ってきてるわけですよね。
そういう状況で「いや我々日本人は帰化人を受け入れるよ」があるべき日本人の姿なのか?
それは、なんというか、あまりそういうことって、なりにくいと思うんですけどね日本じゃ…。人種のるつぼじゃないんですから。移民の問題もあるわけでしょ。
せめてなんというか、ちゃんとスパイとか、危険な外国人とかをちゃんと警察や法律が取り締まるように整備しないと、安心できないわけですよ。実際被害も出てるわけだから。
それなのにそれを置いといて、「俺達を理解して」は無いわーって思うんですよね。なんで無償の愛を無関係の他人に与えないといかんのか。なんというか赤ちゃんだよな。精神の核が赤ちゃん。
つまり「帰化人も日本人を理解してない」んですよね。
もし理解させたいんだとしたら、なんかこう、誠意を見せてくれませんかねと思うわけですよね。
だけどこの映画とかは卑怯だろ。なんというか日本人に「差別してるなお前らな」みたいな罪悪感を植え付けようとしているなぁ!!??なんでお前は俺を理解してくれないのに、お前らは一方的に理解してもらおうとしてるんだよぉ!!??
よくわからないものは怖いなーって思うことはいけないことっすかね?
現代の情勢を見ても?というね。
まあ、まともな帰化人ならばそこんとこ理解して「…仕方ないんだよ、だって俺もこんな風になったら同じこと思うわ」って言う感想になるんだろうけどさあ
この映画みたいに「お前らが悪い」みたいな一方的な表現のされ方をすると、「それは違うだろ」って思うわけですよね。
なんというかこれが現実離れした題材ならそう思わなかったんだろうな、例えばエルフVSドワーフみたいなファンタジー作品の中で描かれる差別だったら「あー仲悪いんだ」で終わるんだけど、実際これは起きている問題だから、そういうふうに思うよね。不快に思う。これ一方的じゃんって。
だから俺の理想として、この映画はずるいと思いました。
日本人の優しさを利用して付け入ろうとしている意図が見え見えと思いました。
もっとこう、改善点としてそれぞれの思いを見せて欲しいというかさあ
主人公の心のうちみたいなのは十分見せているでしょ、情報も多いから同情もしやすいわけだけど、
その一方で責めてくるあの老人とかは「NPCです」みたいな表現ですよね。全然そいつの事情は見せないわけです。(でもこのキャラクターは”だからこそ”なんかいいな…)
主人公だけ人間として描かれていると言うか、それ以外の責めてくる人たちは舞台装置みたいな扱いというか。それじゃなんというか…フェアじゃないよなと思いました。
「でも三代立ったら日本人だもんね?」とか「生活保護は糞だ」とか言ってくるやつとかも「決して舞台装置ではないですよ」みたいな描写みたいなのが必要だよなと思いました。「全員悪人であり全員平凡である」みたいな。
そのうえで「帰化人にもこういう葛藤があって」、みたいなのなら許すけども、でもこの映画ではなんというか主人公の事情すらあまり語られないですよね。
「遠回しに差別してきて辛い」みたいな苦しさだけであり、「じゃあなんでこの人は日本に来たんだ?」っていう、そこの事情が語られないわけじゃないですか。
それじゃ同情できませんよねって話ですよね。なんかこう、母国で色々と政治的にあったから逃げてきたとかならまあまだ分かるけどさあ。
なんというか不気味なんですよね主人公が。いきなりキレるところとかも
なんかまあ、主人公が擁護したくなってしまうようになるのはわかるけども、それはなんというか「帰化人だからといっても、この人はまともな人だと信じたい」みたいな傲慢な考えが俺の中にできているわけです。
でも冷静になって考えるとこの人がなんで帰化したのかみたいな、生い立ちとか何の事情も知らないわけだから、もしかしたら冷静になって考えるとこの人はヤバい人なのかもしれないという考察もできてしまう。
そのうえで「でも帰化人には帰化人の事情があるんじゃ」的な展開になるのがなんだかな。
というか、もしかしてこれって、意図的にそうしているかもしれない。作者は別に「帰化人への理解がない!」みたいな意図で描いてるわけではなく、サスペンスにそういう要素を入れているだけなのかもしれない。
「あなた、この人に同情しましたよね? でも、怖いかもしれませんヨ?」的な。メタ的な。
なんかそんな感じがしてきた。そうかもしれない。
なんかラストのシーンとかってぜったいそうじゃないですか。そういう演出でしょ。お前誰だよっていう。なんか怖さですよね。ホラー映画だったっていう。
今行ったことはすべて忘れてください。
たぶんこの作者はこういいたかったのではないか。
「あなた、”こういう事情を持った人には優しくしよう”って思ったかもしれませんけど、別世界の人ですよ」みたいな。
主人公の人間的な側面があまり語られない、まるで人形みたいな演出だなと思いましたよね。なんか、役者の演技とかもそういうこと意識しているんだろうか。
なんか、政治的な側面でこういう人を擁護しているように見えて、「あなたは真の闇を知らない…」みたいなことを伝えたいのかもしれない。
この映画のメインテーマは決して政治的なアレではなく「相手を理解した気になる怖さ」なのかなと思いました。
「お前らなんて簡単にヘイトコントロールできるんだよねぇ(ニチャァ)」映画ですよこれは。
何か漫画か映画で「上流階級のものはプライドが高いから差別なんて”しないようにする”。だがそれこそが差別なんだ」って言って相手を信用させて潜り込むみたいなシーンがありましたけど、そのトリックですよね。
なんか中盤に、戸籍交換をしたキャラクターを批判しているキャラに対して主人公が「でも、人の人生を生きないとやっていけないのですよ」ってゴリ押ししているシーンがあるわけですけど、そこで視聴者は「そのとおりだよ!!」って思わされているわけです。客観的に考えたら「いや普通の人は戸籍交換なんてしないのよ。そんなズルするようなやつは理解できんわ」ってなるけども。
でも冷静になって考えると戸籍交換は犯罪だけど別に帰化は犯罪じゃないんだから同一視するのはどうなんっだろうねという、お前が一番自分のことを差別しているよなみたいな。
なんかそういう言葉があったな「黒人を一番差別しているのは黒人」みたいな。同時にこの映画自体も「帰化と戸籍交換を一緒にするのはどうなんだ?」みたいなメタ的なツッコミがあるわけですが、でも「差別はダメ」みたいな表現がありつつ、差別はダメ的なことを主張したい側のエゴイズムというか心の闇みたいなところも思い返せばしっかりと表現していて、フェアだなと思いました。
この記事の序盤で俺は「この映画はフェアじゃないよ!」みたいなことをいいましたが、フェアかもしれません。
全体として「アイデンティティ・クライシス」みたいなテーマのひとつなんだろうけど私はここらへんが印象に残りました。あと「差別しないようにしよう!って思って相手を甘やかすことがもう差別。平等のはずなのにね」っていう。昨今のポリコレみたいな。在日が不起訴とか。
深堀りするほど印象が変わる的な名作に思えてきた。どうなんだろう他の人の評価は。
あとこういうブログを見つけた
ガサツな男って嫌ですねぇ映画『ある男』感想文 | 映画にわか
要約すると「善悪に別れすぎててチープ」みたいなことが書かれてあった。
現実の問題だからそこらへんのギャップがね。
でも以上の考察と合わせてみると、このチープさというか、つまり登場人物の語られなさはおそらく意図的にそうしたものなんじゃないかなと思うわけです。なんというかテンプレート的というか。それがリアリティがないというか。もうちょっとぼかすだろみたいなのをはっきり言う。まるで古びた遊園地の大げさな感情表現をする人形みたいな印象を受けますね。ステーキ屋のマスコットキャラクター的な不気味な感じがします。なんというかところどころ惹きつけられる演出がそういうイメージです。最後のシュールレアリスムの絵とかもそうだけどところどころ不気味なキャッチーさがるよね
あ、あと、今思い出したが、第9地区っていう面白映画があるんですけど、それにも差別問題が盛り込まれているわけです
それに対して映画評論家の宇多丸が「いやこれ私も差別してしまったんですよね。だって宇宙人気持ち悪いって思ったでしょ?つまり、”視聴者が作品内の差別主義者をおなじになってしまう”という構図になるんです」みたいな評価をしていたわけです。
でもボクはそうじゃないんじゃないのではないかと思うわけですよねあの映画は。
第9地区が言いたいことはそうではなく「お互い様なんだよ」ってことなんじゃないかなと思うわけですよね。フェアであるということです。
「どっちもおかしいし、どっちもそれぞれの合理性がありますよね」みたいな。現実を表現していると思うわけです。
宇宙人側にも感情とか事情があるけど、それはそれとして地球人として迷惑だし、同時に地球人側もお前らもおかしいだろうがという部分があるというか、まずなんで住まわせたんだよ。移民問題というか文化がちがうというか。
だからこそ終盤で主人公が宇宙人になってしまうのではないかと思うわけですよね。「どっちもどっち」だからそういった存在が必要というか。象徴として。
まあ俺はそう感じた。
つまるところ、怖いってことなんですよ。構図として帰化人が宇宙人として置き換えたくなるけど、無理解という意味ではとちらも対照的と言える。帰化人と日本人、お互いにお互いが宇宙人として写っているわけです。気持ち悪い生き物としてお互い思ってるってことですよ相手を。
「ある男」の終盤あたりで、日本人が「在日は出てけー!」みたいな暴力デモ映像を見ているみたいなシーンがありますけど、あれこそ帰化人の見る日本人みたいな象徴なのではないか。あそこはメタ的に「ちょっと主人公を悪く書きすぎたからバランスをとっておくか」みたいなシーンだと思う。
日本人も日本人で、在日とか帰化人が嫌ならなんで政治の話をしないの?タブー視してたの?っていう、半分が票捨ててるの?っていう。こういう政治が悪い問題に対して的はずれな対象を叩いておいて、感情論で済まして、アイドル的にチンジローみたいなガワだけ政治家を選んでおいてその後どうなったかみずに忘れるわけですよ。日本人もおかしいでしょ。マゾすぎる。いや、考えたくないんだろうな俺もだから。
あるいは銀魂とか「自分の周囲だけ守れればいい」とか攻殻機動隊の「それが嫌なら目をつぶってろ」みたいなセリフがありましたけど、そういうのがかっこいいとか思ってるんですよ。政治に興味ない俺カッケーですよね。聞いてるか?ナポレボ。
ほらね、日本人になったはずなのに勝手に自分で自分を差別して帰化人としての葛藤の理解を求めるような奴も、そういう人たちを嫌いながらも実利的に対応しない日本人も、どっちもどっちでしょ。
(その上に乗っかる形として、”絶対悪”である「帰化政治家」「スパイ」「ヘイトを煽って何かを企んでるゴミ」がいるわけですけど)
でもだからって俺は「相手のことを理解しなさい!」なんていうきはないわけですよ。そんなことできませんから。
消えないんですよねこういう心のしこりみたいなものは。消そうとするほど消えない。実利的な問題もあるわけですし、「誰が頼んで来てくれと言ったんだ?」ってのも日本人としてあるだろうし「真面目にやってるのになんで非難されんといかんの?在日犯罪といっしょにするな」とかいう出張も相手にもあるだろうし、その一方で事実として帰化政治家がいて日本を壊す方に傾かせるとかスパイとかそういった問題があるわけでしょ?
なんかもう複雑なんですよね。感情と実利的な側面があって、両者対立している部分もあるわけですから。
感情的になった人に実利的な意見を言っても効かない事が多いし。(でも日本人は財源のための増税とか実利的に聞き分けがよすぎる部分がありすぎると思うけど)
作中にも一言だけ言ってた生活保護は糞だみたいな主張も、必要なんだけど一部悪用しているゴミがいます。だからって生活保護自体を廃止したら治安悪化しますよっていう問題も確実に起きるわけで、なんというかもう、これに言及するのはトラップだらけですよねっていう。どちら側についても否定できてしまうっていう。
いや実際正しい主張はある。それは「法律を合理的に正しく作り、正しく運用しよう」なんだろうけど、情の問題とかもあるわけですし。今まで一生懸命働いてきた人にとっては気に食わない人もいるってのもわかるわけですよね。
だからこそ、実際の問題を止めるために法律の整備が必要なわけです。
感情的にこの争い葛藤を止めることは無理なんだから、物理的に安心させてくださいよっていう。ちゃんとなんというかさあ、政治を信用させてよっていう。悪用する輩を退治してくださいっていう。
まずそれが前提で、その上で争いをどうするか、なら分かりますけど、それをせずになんか感情的にだけ解決した気にさせるのが一番クソですよね。プロパガンダですよ。ザイム自民政権お得意の。
そのために合理的な話し合いができる政党が勢力を伸ばす必要がありますよねという話ですよね。
つまりれいわ新選組ですよね。結局それです。
れいわはなんか長年紛争を調停してきた守護神的な人もいるわけですし、なんというかそういった問題を逃げずにやってきているわけですよね。
よくアンチが言う「れいわは外国人参政権がどうのこうの」っていうやつです。
最近まで、なんで山本太郎がああいうことを言ったのかわからなかったんですが、今日わかりました。おそらく山本太郎は「北朝鮮強制連行問題」のことを言ってるんじゃないかと
日本が戦争していた頃に、労働力を増やすために、朝鮮人を強制連行したみたいな疑惑があるわけですよね。
だからこそ山本太郎は日本の過去の罪と向き合うためにそういう事を言ったわけなのではないかと思ったわけです。
それが嘘であれ真であれ、話し合う必要があるんじゃないのって言う。
まあつまりれいわ新選組は、話せる政党だってわけです。
というかそれが普通なわけですけど、現政権はそれができないだろ。赤ちゃんだろ。
まとめると、「帰化人が怖い」とかそういったそれぞれの感情は支配できないんですよ。
だからこそ合理的に法律を作ることが大事であり、そのために合理的な政党が必要だって話ですよね。
もう怖いのはどうしようもないんだから、もう無意識な差別は仕方がないとして、どうするかを考えるべきだよね。
差別問題はそういうところがあるんじゃないかなぁ?なんか皆「差別はいけない!」みたいに言って感情論で決着つけた気になってませんかね?
俺たちジュラル星人は、感情等という下等なものはとうの昔に忘れた筈だ(怒) だからこそ物理的に対処するべきなんだよ。物理的と言うか、法律的に。
無論物理的に「追い出せ」みたいな話だけじゃなくて、そもそも審査をもっとやったのかとか、元外国人を政治的に重要な役職につけなくするとかしないとダメなんちゃうの?どうなんですかね。
わからんけどとにかく合理性なんですよ全ては。
なんか最近、在日外国人がまたなんかやったぞー!みたいな話がありますけど、ちょっとアレも危険というか、それで日本人を誘導しようとしてないか心配だなと思うんですよね。
なんか東日本大震災のときにデマによって朝鮮人が大量殺戮された、しかも政府が関与してた、みたいな話がありますけど、そういうのを感じるわけですよ。無用な軋轢を産まずに合理的な判断が必要だってことですよね。最善を選ぶ必要がある。
難しいことかもしれませんがそんな繊細な問題を今の自公政権が扱えるとは到底思えない。アホだしあいつら。れいわしかないんだわやっぱり。
あと今の自分の意見を最後に言いたいけど…
別にどちらの側も全て悪人とか、全て善人とは全く思ってないです。だって人がたくさんいるわけだし〇〇だから悪い、良いっていうのは「男は〇〇だよねー」「女は〇〇だよな」っていうやつと同じなわけです。だから別にそういう意味では差別はしていない。
ただ怖い。だって中国って独裁国家なわけだし、スパイとかもたくさんいるらしいし、誰がそういう人かわからないわけだろ?それって差別なんですかね?って思う反面、まあ中にはいい人もたくさんいるはずっていうのも分かりますよ。独裁国家だから発言を禁止されているわけですし、中国批判できないっていうのもわかるしさあ。まともな頭を持ってる人なら人種関係なく中国政府がゴミだってのはわかるはずですよね。ありえないことをやってきてるわけでしょ。大虐殺とか。幼稚園児とかサルとかレベルのことを大の大人が、政府がやってきてるわけじゃん。中国人自身が一番わかってそう。まあそれがわからない頭ヤラれてる人が割といるってのが問題ですけど、まあ人それぞれだよねって話ですよ。でもだとしても、例えば10個入りの飴入の袋の中に1つだけ毒が入ってるとしたら、その袋ごと捨てるタイプなんで私は。捨てるしかないでしょ? 全員が全員そうじゃないとしても、そのうえで差別するしか無いという結論になってしまう。残念ながら今の社会自己責任がまかり通ってるので 博愛ぶって毒入りを当ててしまった場合誰が助けてくれるんだ?社会を変えてからでないとダメだよね。前述の通り物理的に問題を解決しないことには何も始まらないと思います。だから私はそれを踏まえたうえで差別しています。私はただ直線的に差別するのとは違うんで。
でもそれと関係ないけど、帰化っていうシステム自体どうなんでしょうかね…日本に限らずそれってやる意味ってあるのかな? 利用する人にとってはメリットあるんでしょうけど、国益とかそういう観点においてメリットは有るのかという話です。
外国人が一生住んでも良いみたいなシステムはあってもいいと思うんですけど永久ピザ?的な? でもなんでわざわざハーフとかでもない遺伝子的にも誕生的にも日本と関係ない人が日本人になるっていうシステムがあるのがちょっとわからない
まあ理由があるのかもしれないけど、なんかこれ「皆がセーフって言ってるからセーフ」みたいなやつなんでしょうかね。世界的にもうそれが常識になってるから常識みたいな。
まあその一方で別に何もしない、ただ平和に暮らしたいみたいな感じで日本人になる人もいるんだろうけども。それに関しては何も言わんけども、心の中で時には差別したり、逆に応援したりするかもしれないけどさ、なんかYouTubeで外国人が帰化の認証降りるかみたいな動画があって、「こんな人ならまあね」って思ったこともあるけど。
でも前提として帰化っていうのは日本人が許可したからできていることだよねっていうことは念頭におくひつようがあるよね。日本人がもしこれから「いやダメだ」って言って廃止しても、それは横暴とは思わないし、横暴だと言ってくるひとがいても「黙れっ!ドンッ」してもいい。だって日本は日本人のものだからさあ。日本は国民主権だから、文句言えないよね。テレビとかで誘導されてるとかなら話は別だけども
でも、その結果どんな得にも損害になるとしても日本人はそれを受け入れなければならないよね。だってどんな決定も社長が判断することと同時に責任も負わないといけないわけだからね。っていうか今までもテレビという洗脳があったとは言えそうなわけだろ?蛆虫以下のカスを偉くしてきたのはそのシステムがあったからでもあるわけじゃん。
まあそういうふうに「日本の判断は日本人がやるしどんな結果も日本人が負わないといけない。だれにも文句は言わせない」その前提のあるうえで、やっぱり国益を損なうことはやめたいと思うわけだから、総合的に見て最も有利な選択をすること、そういうことを国民の代わりに頭の良い政治家がやるべきだよね。まあ本来そういうシステムだから当然だが。これに限らず政治って国の代表を決めるわけだから。頭の良い必要な人をさあ。
山本太郎とか誠意がある人に代わりにやってもらうべきだし、そういう人を国民が見つける必要があるよね監視する必要があるよねというわけです。
つまるところこれに関する俺の意見としては、「帰化というシステム自体納得言ってないところもあるけどもまあ皆が良いって言うならしゃーないというかいい人もいるはずですし、てかいきなりやめたり改変したりしたら変な軋轢とか問題が起きそうなんで、頭のいい人を選挙で選んでどうなのか判断して決めてもらう」ってことです。本来の意味での他力本願。
まあこれに限らずなんでもそうですよね。自分が得する選択を常にしていきたい。