自己責任論が間違ってる理由

自己責任論っていうのは、一見まともなのが有害だよね。

ひと目見て害悪だってわかるものは警戒されるからあまり危険度が少ないけど、そうじゃないものは、一見有益そうに見えて実際に有害なのが、すごい厄介ですよね今も昔も。

 

なんか一見まともそうな治療法だけど間違ってましたとか、瀉血的な。あと(悪い側面での)宗教とか。

 

自己責任論が間違っている理由を整理しておこう自分が思う自己責任がだめな理由3線!

 

「自己責任論言ってるやつが一番自己責任してない」

「声がでかいやつの都合のいいように使われてしまう」

「マクロ的な視点とミクロ的な視点を混同している」

「自己責任の定義があいまい」

「実際自己責任になったら治安乱れる」

「自己責任とは個人の価値観であり、他人に強制するべきものではない」

「自己責任論よりも他者依存肯定のほうが被害が少ない」

「弱者を助けたら強者もそれ以上に助けることができる」

「実際人間って他者依存の生物なのに何いってんの?」

 

 

 

 

「自己責任論言ってるやつが一番自己責任してない」

まずそうですよね。まず言ってるやつが信用できないっていうのがあります。自己責任ってお前が言ってんじゃねえというか。

家庭がある程度裕福というか、金持ちというレベルでなくても家族が自分のやりたいことをある程度ヤラせてくれる環境じゃないと、成功できないと思うんですよね。家族がある程度援助してくれたりとか大学活かせてくれたりとかさ。

一方で実際に貧しい中で自分の力だけで働きながら勉強したり投資したりして、自分の力で成り上がってるやつって、ほんとうの意味で頭が良い、有能の人なんで、つまり余裕がある人なんですよね。だから他人を責めたりしない。自己責任言ってるやつは少ないと思うんですよね。

 

 

 

 

「声がでかいやつの都合のいいように使われてしまう」

自己責任ってすごい使いやすい言葉ですよね。権力側が自分の無能さを棚に上げる際にすごい使いやすい言葉じゃないですか。助けないことを合理化するという。

山本太郎さんも行ってたけど、「頑張ってるか頑張ってないか」の境界って曖昧じゃないですか。

まあ実際に自己責任的だよねっていうことはありますよ?例えば火の中に手を突っ込んで「世の中が悪い!」っていうのはおかしいですよ?

でもそういう極端な例じゃない限り、本当に自己責任かどうかの線引が曖昧じゃないですか。氷河期世代とかその天啓ですよね。「氷河期でも成功してるやつはいる!」って言ってるやつ良くいますけど、いやいや、少ない例取り上げていいなら、カラスの体色は白色だし、NISAすれば誰でも確実に大金持ちですわ

まあ後の話にも繋がりますけどマクロとミクロを取り違えているというか、今その視点で話してませんよね?少ない霊を取り上げてるんじゃなくて、全体の傾向として言ってるだけというか。

 

 

「マクロ的な視点とミクロ的な視点を混同している」

これも言ってますけど、ミクロ的に見て(個人的に見て)、自己責任論というのは正しい寄りだと思います。だって自分の判断がかなり自分の人生に大きく影響するわけですからね。「自分が失敗しても誰も助けてくれない」と思い込んで行動することで緊張感が生まれるわけですよね。

でも、今はマクロ的な話をしているのに、そこで自己責任論を言うのは「何様だ」って話でしょ。それって人の勝手じゃん。

政治家とかインフルエンサーとか絶対行っちゃダメなんですよね。言うとしても「私は自己責任で生きてきましたけど、それは私だけでいい」って言うべきなんですよ。

だって他人の人生を決定できてしまう権力を持っているわけですから。そういうやつが「お前が悪い!」って言うのは独裁者じゃん。怖いじゃん。

たくさん人がいるっていうことはたくさん試行が行われるわけですから少しでも可能性があると絶対に起きるわけですよ。少し病気の可能性があるってなっても大量に被害がでるわけです。コロワク薬害や原発被害とかな。

そしてそうなったら「はい自己責任論だからお前が悪い」で終わり。じゃあ何でもやっていいってことになりますよね。政治家の仕事なくなるじゃん。

だから自己責任論っていうのは広めちゃダメだと思ってる。代々口伝で伝えられるべき言葉だわ。

その証拠として、現実の売国奴はミクロの視点だけでしか見れないわけで。自分や特定の人に対して有利な政策を打って、全体として衰退しているわけでしょ?

れいわしかマクロな視点で見れないと思いますわ。何をしたらどうなるっていう予想ができる、頭のいい人たちに任せるべきなんだよ。

 

「自己責任とは個人の価値観であり、他人に強制するべきものではない」

考えてみたらそうですよね。

例えば「俺、武士道の教えいいと思うからこれを信じることにするわ!」みたいなことですよね。あるいはアニミズムとか、あるいはスピリチュアル的思考だとか、ニーチェ永劫回帰とか、そういった、「信仰」とか「信念」みたいなものですよね。「自己責任」っていうのはそれに類するものなわけですよ。

一方で「物理学」とか「医学」とか、絶対的なものではないわけですよね。

なのに、自己責任論の人って、まるで自己責任が世界の真理かのように語るでしょ?でも違うよね?客観的に見て。。

例えばある人がスピリチュアルというか幽霊を信じていたとして、それはそいつの自由だけど、それが世界の絶対的真実ではないわけじゃん。証明されてないわけだから。

あるいはある人が「〇〇教を信じます!」ってなって、それを勝手に他人に押し付けてはいけないわけですよね。個人の信仰の自由があるからね。

それと同じく、ある人が「自己責任論」を信じていたとして、それはそいつの自由だけどそれは世界の絶対心理では決して無いわけです。それぞれの価値観で生きていいし、発言していいわけです。

その前提があるけども、けど政治家は違うよな? 政治家はそれぞれ個人の生き方とかに何かを強要できる立場ではないんだよ。むしろそっちが国民の信念に影響されなければいけない。そうでなければ国会からでてけっていう存在でしょ? 内申どう思おうが、少なくとも発言や行動はそういうふうに、国民の奴隷として振る舞ってもらわないと困るわけですよね。そうしないと選挙で終わるわけですから。カルト票やテレビのプロパガンダがない限り。

自分勝手で迷惑な「信念」「価値観」を国民に広く押し付けるなんてことは日本の国のシステムとして合ってはならないわけです。

そして今、自己責任論が否定されてるんだから、否定されてるっていうかもうそうしないと国がやってけない、生活していけないし、そもそも憲法違反なわけですよ。

結論として政治家は自己責任論を肯定したら国会から追放されなければいけないわけですよ。それが民主主義。

さらにそういうことをいうインフルエンサーも大勢からブロックされて落ちぶれればいい。優しい人たちに甘やかされてちょっと勘違いしてるだけの普通の人なんだから。迷惑なことを押し付ける権力なんてあるわけ無いだねー なんかふてぶてしい態度してるけど、何の権力も持たないただの勘違い野郎だと思ったら笑えてくるのでそういう芸風で売ればいいと思うよ。

 

 

 

「自己責任の定義があいまい」

自分は差別を肯定するような記事を書きましたけど、自分の中で差別という言葉の定義は「他の人と比べて違う対応をする」ということであり、「いじめる」だとか「法律として明確な格差をつくる」という意味ではない。

「あまりかかわらないようにする」という程度のことなんですけども、こういう事を言うと「あ、こいつレイシストだ」的なことを言われそうで怖いのだが、

それと同じで、ある人が自己責任論のことを「社会のバックアップも受けながら自分で努力する」という定義で使っているけど、ある人は「政治が決めたことに黙って従う」みたいなことで使っている人もいるじゃないですか。

それで炎上したやつもいそうというか、まあザイムの教育がされてそうな気もするけどなあの林というやつ。

その重さというか、定義があまりできてないというか。共通の認識があまりできてないような気がするし、

そしてその一方で今の情勢で、前者の意味でいったとしても、インフルエンサーが「自己責任論」を肯定するっていうのはかなり危ないと思うんですよね。

前者として使っていたけど、今の政府が情報統制で後者として使わせるみたいなことをしてくるじゃないですか。

 

 

 

「実際自己責任になったら治安乱れる」

アメリカとか見てみると分かりますよね。自己責任だから犯罪をしないと生きてけない。それも自己責任の結果ですよね?

なんというかアホなの?って思うんですよね。アレ。捕まってから対応するんじゃなくて、捕まる前に助ければええやんってなるわけですよ。そうすれば無駄な罪を背負わずに住むわけですよね。それでまだ若いのに一生刑務所ってやつもいっぱいいるでしょ。

そうならなければ大成してそいつにとっても社会にとっても有益winwinっていう世界k線があったはずなのに。なんかバカだと思います。治安乱れた結果商売もできなくなるわけだから会社潰れるわけですからね。

 

 

「自己責任論よりも他者依存肯定のほうが被害が少ない」

自己責任論を肯定する真面目な人って「ニートでもいいってことになるじゃないか!けしからーん!」みたいな意味で肯定していると思うんですけど、でも仮にそうなったとて(たぶんそうならないと思うけど)、自己責任論よりマシだと思うんですよね。他者依存論とでも呼ぼうか。そのほうが良い。

仮に「どちらかを選べばどちらかの方向に無限に行ってしまう」としたら、少なくとも自己責任の方向は本当に地獄でしょ。もう国に殺されても文句は言えないわけだから。どっちの方向も狂ってるとしてもそっちは地獄でしょ。だって過去に日本が経験してきたことでしょ。氷河期世代だったり、お国のために働きますだったり。

絶対に自己責任方向は行っちゃいけない、確実にゲームオーバー。

そして一方で他者依存の方は最悪として、誰も働かなくなる(ありえないことだけど)っていうことだけど、その場合やりたいやつがやる社会になってるんですわ。金のために汚い手段を取るやつはいないわけでしょ?売国奴とか。

他者依存であまり働かなくなったとしても今度は好きなことをして生きるしかないわけでしょ?人ってのは暇であることに耐えられないわけですから本当に何もせずに生きるっていうことはしないわけですよね。

まあどうなるかわからないわけだけど確実にゲームオーバーよりかは高い可能性にかけることができますよね?

まあ実際にはそこまで極端になるわけがないんだから、そのいいバランスを取ることが大事だと思うけどな!

でもだからこそ今は自己責任ベクトルは危険だということです。ただでさえ自己責任なのに。さらに無限に自己責任方向に行ってしまうわけですよね。

っていうか、「ベクトルに決めたら無限にそっちに行ってしまう」っていうのは例え話としていったけど、現実では「自己責任」に関しては今実際そうなってるわけでしょ。

増税に関してもそうですよね。「無限に国債発行したらインフレになる!」っていう極端なことをいって否定してくるけど、てめーらこそ極端に増税しているわけじゃん。

売国は底なしなんですよね。バカだから。バカなら国を売らないから当然なんだけど。

お隣の「スマホ買いたいから目を売った」みたいな話に似てますよね。バカしかできない選択を取り続けている。売国したら自分の立場なくなるのに売国してるわけだろ。政治家なる前に病院いけ

 

 

「弱者を助けたら強者もそれ以上に助けることができる」

前述の話につながるが、「弱いものが何もせずに助かろうだなんてけしからーん!」みたいに思っている人ってもしかして「弱者を救ったら強者の旨味がなくなる!」だとか「弱者が救われることで強者が疎外される!」みたいに思ってる人がいるかも知れない。そういう意味で自己責任言ってる人もいると思うが、それは逆ではありませんこと?

弱者を切り捨ててどんどん弱者が減っていって、死んでいったら、それで世界は平和になりますか?

いいえ、「さらに強者の中から弱者を選んで切り捨てていきます」よね?という話。

まあ実際にわからんけど、でもほぼ確実に予想がつきますよね。今の政治を見てると人とは思えない非人道的行為をいとも簡単にやってのけるじゃないですか。

「はい、合理的に考えて無駄飯ぐらいは全員死刑にしました。これで終わりですよ!強者の皆さん安心ですね」っていうことを今の政治に期待できるか? あらゆる面でバカしかしてないわけですよね。

そもそも、そういう世界を強者らは本当に望んでいるのか?怖すぎるだろ。

実際医療費4兆円削減やろうとしたわけだしな。これ言葉のベールでそういうふうに言ってるけど「弱いやつは殺します」まさしく優生思想の考えじゃん。日本が1990年代までやってた優生法とかいうやつがあるけど、まさしくでしょ。

たぶん強者側の人はそういうことを聞いて実際起きていることがどうなってるのか想像してないんだろうけど、実際そういうことですよ?実際「弱いやつは死ね」をやりつつあったわけですよね。やってたわけですよね。てかやっているわけですよ。

そういう世界を彼らは望んでいるのか? 医者とか弁護士とか官僚とか。国家手動で弱いやつを殺すっていうことをそういうまともな人達が容認します? 北朝鮮並ですよ?日本が。この暮らしている国でやってるわけですよね。怖いでしょ。それを肯定するようなそんな人でなしがそこまで多いはずがない。

そしてさらに、「弱者を助けたら強者もさらに優遇される」に決まってるんですよね。

仮に弱者がヒエラルキーのトップにいるとしたら、全員職業捨ててニートになればいいわけですからね。全員生活保護受ければいい。

でもソ連とかの崩壊を見てそういうことをしたら国が潰れるわけですから、仕組み上そうすることはできないわけですよ。

だから「弱者を救いつつ、強者はもっと優遇します」。

イメージ的には、全体をシフトアップしていくわけです。底上げをしていくという。

そういう手段を取るしか無いわけですよね。まともな頭を持ってる政治家ならそうするわけです。そうならざるを得ない。そしてれいわしかやろうとしていないわけですよね。

 

 

 

「実際人間って他者依存の生物なのに何いってんの?」

これも何回も言ってるけど、現代人って自分が作ったものだけで生活してますか?違うでしょ。工場で作られた製品を大量に使ってるわけでしょ。

自己責任言うなら、それも自己責任で作らないといけないでしょ。

まあそれをいったら「いやこれは対価を支払って得たものだかr~」みたいに言われそうだけども、なんというか根底として、人としての戦い方として、それは違うよねっていうのが言いたい。

野獣のように、何もバックアップもない明日生きていける保証もないし、負けたら死にます。そういうのが自己責任言うんだと思う。けど人間は違うよな?

人の基本的な生存戦略として自己責任は合ってないと思うわけですよ。無能だから切り捨てますっていうのはリソースが足りなかった大昔の話で、今は「とりあえず活かしておく」みたいなのが余裕でできるわけですよね。それで文化っていうのは生まれるわけじゃないか。完全に無能で何も生産できないみたいなやつがたくさんいたとしても、今の社会そいつらを食わせていけることは普通にできる。その中で偶然でそのうちの何人かがそいつが大成したりあ新しいものを生み出すわけですよね。それでいいだろ。そいつらも生かすし、それ以外も生かすし、全員幸せにすることこそ次の選挙で選ぶべき政党だろ。つまりれいわ新選組しか選択肢がないんだね。わかる。れいわか、それ以外か。