悲観的な現実に対して、”感情が”悲観的になることは仕方ないことです。。
感情は制御できないし、しようとしたらどんどん歪んでいくんですよ。私は昔引き寄せの法則とかっていう本を見たりして少し実践しようとしたこともありますが、結局精神だけを変えようとしても変えようがなく、行動も合わせて行かないと行けないと思っています。
精神を制御するというのは間違っている。
でも行動で現実を少しでも変えることができたのなら、それに合わせて精神も前向きになっていくと思うんですよね。
どんな状況でも、遠かろうが、少しでも近づくために、物理的に自分ができる行動として、できることがありますよねえと。
自己啓発とかによくある、困難を分割せよという話です。自分ができる範囲のことをしろということです。それがどんなに小さくてもと。それが重要。
悲観的になりつつも、行動として、その悲観的現実からできるだけ遠ざけるために、日々できることがありますよねと。それが普通に考えて普通のことじゃないですか。
でもやらないやつが大半なんですよね。
例えばレコーディングダイエットとか、食べたものを記録する、みたいな奴がなんかありましたけど、それもその一種だと思うんですよね。
記録するだけと馬鹿にしているから、そんな小さいことすらできないからやれないわけですよ。簡単すぎて意味がないと思ってしまう。でもそうではなく、それは結局のところ精神的に変わるためになにか行動するべきということが根本としてあるのではないか。そしてその行動が客観的に何かを変えなくて良いんですよね。何も効果が無いと感じたとしても、行動するということで既に精神的には変わってると思うんですよ。それが下地になってくるわけじゃないですか。ダイエットに限らずあらゆることがそうですよね。
見かけ上、それが何の意味をなしてないとしても、内側では変わってるわけですよね。それでうまく行かなければ色々改善していけば良い
あるいは、例えば選挙とかもそうですよね。いきゃいいのに。「そんぐらいで変わるわけ無いよ!」っていじけて少しの行動にも起こさないからこそ30年変わらなかったわけじゃないですか。仮に1票で何も変わらないとしても、掛けるコストなんてたかが知れてるんだから。一年に1回あるかないかという頻度で投票しに行けばいいだけだろ? それで「ステルス値上げ許すマジ!」とか言ってるわけですよね。
こういうふうに、悲観的な現実があり、それを少しでも改善しようとしないやつのことを悲観行動主義者と私は呼ぶことにする。
なんで「行動」とついているのかというと、前述の通り精神が悲観的になることは仕方ないことだからです。精神は操作できないので。でも行動は操作できるよね? 本当に少しのことでいいんですよ。でもしない。それって愚かですよねと。
その悲観行動主義者が好むのは、悲惨的な根拠なんですよね。自分がどんだけ救われないかということを理論的に求めるようになる。意味ないのに。
例えばユニバースなんとかっていう実験がありますよね。
ネズミを楽園において、それがどうなるかを観察するとかいう、なんかよくユーチューブのネタにされるからもう知らないやつが少ないと思うけども
でも実際それは実験として欠陥だったとか言う話もありますよね。そういう動画を先日見た。。実際は不衛生な環境であり、過密的な環境だったとか、論文内容も矛盾点も多いし、自分の満足する結果が出るまで何度も繰り返してたっていうことを聞いた。なんとか洞窟実験みたいなやつだな。事実的な感じで受け入れられてるけど実は・・って話。まさしく宗教科学ですねーという。5G陰謀論とかを馬鹿にできない、人のふり見て我が振り直せ。
関係ないけど、だったらちゃんと清潔で楽園と言える場所でネズミを飼育したらどうなるんだろうな? なんか金持ちのユーチューバーがやってみたらいいんじゃないの?
まあそれはともかく、そのユニバースなんとかっていう実験において、おそらく研究者がほしい結果っていうのは、「ストレスがなさすぎても破滅する!つまり我々人間社会は救われようがないんだ!」っていうことなんだろうね。悲観行動主義者。
「どうあがいても我々は幸せになれないのさ」みたいな。そういう事が言いたいんだろうっていうのが分かる。そういう結果を期待しているんだろ?「だから戦争は必要だ!」とか、「権力者による弱者への搾取は正しいことなんだ!」って言いたいんだろうね。愚かにも。
そして仮に、「ストレスがなさすぎてもダメなんだよ!」っていう結果がもしも正しいとして、いくらでも対策ができると思いませんか?
ストレスがなさすぎても生活にハリがでないっていうのは、なんとなく感覚として分かるじゃないですか。だからユニバースなんとかっていう実験がもしそうだとして分からなくないことじゃない。
だったら、そのストレスは自分が選べば良い、そう思いませんか?
ストレスが多い人生がお望みだっていうのなら、お前だけやればいいじゃん。七難ハッキュをなんらかなんたら~っていう武将いたじゃないですか。
つまりマゾヒズムでしょ?そういうSMプレイがしたいなら個人的にやればいいよね?というだけの話。
そうでしょ?現に、現代社会は格段に良くなっていってるわけですよね。何より飢餓がなくなったわけですけど、限られたリソースを奪い合う世界ではなくなった。宝飾の時代。飽食。
そしてストレスがなくなったからストレスを再び増やすべき! 再び昔のような食料を奪い合う世界に戻ろうなんていうのはアホの極みですよね。運動しなくなったり食いすぎたりする社会問題が起きたけど、車とか機械とか、そういう便利な道具を使わない!とかそういう世界に戻ろうとしないじゃないですか。
ダイエットやら運動で対応するっていうふうになってるじゃないですか。便利になって悪くなるっていうのならば、それに対応して新しく習慣なりを身につければいいだけのこと。
つまり、今までそうだったんだから、これからもそうしていけば良いと言うだけの話なんですよね。
例えばこれから、れいわしか出来ないと思うけど日本が積極財政などで社会に余裕が生まれて、色々な社会問題が解決すると思います
が、その変化によって、多少なにか問題が出て来る可能性もあるじゃないですか。ならば、その時は時代を戻すのではなく新しく対応していけばいいだけの話。
でも権力持ってるだけのバカはそうじゃなくて、今のまま、今のまま、がお望みらしいです。
なんか緊縮を唱える主流派経済学者()は、「通貨の信用がー」とか、意味わからないこと言ってますけど、それって例えるなら「運動しなくなるんだから産業革命は無くなったほうが良いんだー」「肥満になるから飢餓の時代に戻るべきなんだー」っていうようなもんで、本質的に原始共産主義なんだよね。「文明を破壊してピュアな時代に戻れば問題は起きなくなるよ!」っていう。
そうですよね? 通貨の信用を保つために、多くの人たちの苦しみ、貧困という問題を受け入れろってつってんだろ?主流派経済学(笑)は。
だったら無人島にでもいって原始時代に戻ればいいじゃんお前らだけで。自分は未来に生きてるので、平和な世界が基準なんです。それが嫌ならあんたたちだけでお互い争ってマゾプレイしてればいいじゃん。それが気持ちいいんだろ?ん? ノーマルな人たちに自分らの異常性癖を押し付けるなよ。
というわけで、悲観行動主義者は、そうやってさあ、現状に満足して「これがベストだった」とか「このままで良かった」とか言うんですよね。そういう習性がある。矛盾しているようだけど、悲観したくないからね。
なんというか悲惨な人生だったけど、これで良かったのだっていう、チンケな慰めですよね。そうやってなんかハードボイルドぶって諦めとかそういうのが良い大人の矜持だみたいなそうやってカッコつけて少しでも慰めて悲観な現実を少しでもカッコよくしたいんですよ。
しょうがないね。でもだったらその悲観する状況から脱却する行動を少しでも取れば、それが総合的に見て大きなうねりになると思うんですよ。悲観もしていいし現実逃避もして良いと思うけど、少しずつ行動していかないと行けないよね。遠かろうがなんだろうが、目的に向かう道中での苦しみっていうのは結局自分の心が作り出してるんですよ
なんというか悲観行動主義者は、小さい行動を甘く見てると思うんですよね。まあ自分もそうだから分かるけども、小さい行動では大きなリターンはない。相応のリターンしかないって思ってるかも知れないけども、そうじゃないんですよね。自分の身の丈にあったことをしていくべきなんですよ。
そういうことをなんかこうう、アルコール中毒患者の会みたいな、なんか映画とかで見た気がするけど、そういう公民館みたいなところで集まって椅子に円形に座って一人ずつ発表する会みたいなので集まって皆で話し合うみたいなそういう会みたいな、そういうやつとか、もしくはSNSとかでそうやってやってきた小さい行動とかを皆で発表し合う、みたいなのが必要だよな。レコーディングダイエットもそうだけどそういうの馬鹿にならないから。そういうセラピー的な