大石あきこさんが憲法審査会でチンピラといって、それに対して売国議員が面白い事を言ったみたいいなニュースありましたよね。
チンピラのウィキペディア引用をしてきた典型的2ch民ムーブをしてきたわけですが、それが面白いと話題に。
でも大石さんの言ってたことって普通だと思うんですよね。いいでしょそんくらい。
そんくらいのことをしてるんだよな。っていうかそれを突っ込むのがなんというか精神年齢低いんだよな。いいだろチンピラぐらい。チンピラより酷いこといってんだから。
なんか…、それがすごい、忍者と極道の極道的な価値観と言うかチェンソーマンの序盤のヤクザみたいな。自分は残酷なことをしているくせに少し傷ついただけで大騒ぎするところが、なんか漫画みたいな人って本当にいるんだって言う面白さがあるよね。
そんくらい言われることを覚悟して国会にキなさいよ。そう言われたくなければ政治家止めなさいよ。利益だけほしいだけなら物乞いでもすればよくね。
大石さんの言い方がきついよみたいに言われてるけど、そんくらい普通でしょ。
なんというか常識がズレてるよなーと思った。あと他に色々それ関連で思ったことが合ったので書く。
というわけで常識について言いたいことを言いますけども。なんかこう日本って奴隷根性があるじゃないですか。「余裕があるなら働け!」みたいな感じのノリですよね。そして言われた側も「ああっ!!働かなきゃっ!」みたいに思うのがグーよグー。面白いねえ。
まあそういうふうに茶化すけどもなんというかね、別に良いのではと思うわけですよね。現代はもう。そういうの良いから。
そうじゃなくて、もっとこうニートとか言われているやつが悪いとかじゃなくて、仕事を面白くしない社会のほうが悪いと思いませんかと。
難易度が高すぎる社会のほうが悪いですよね。もっと労働時間を減らしてくれ
閑話休題。
ですが、その奴隷根性が常識となった日本ですが、「働かないことが悪い」と言いながら、その一方で働かないことを正当化している人もいますよね。
金持ち大富豪。その御子息。
金持ちが親にいる人が芸能人有名人に多いみたいな話を聞くけど、そいつらは最低限働いているわけですけど、そうじゃないやつも多いと思うんですよね。
金持ちの息子娘がニートだったりすることって多いと思うんですよ。
だってそもそも人って働けるようにできてないわけだから。
何万年だか何千年だか稲作をする前狩りや採取をしてた頃は結構余裕があったんでしょ?それ以外は縄文土器を作れるぐらいの余裕があったとかなかったとか。鳥は実は飛ぶのは疲れるからペットの鳥はえっほえっほするのが楽みたいな話ですよね。頑張って人は働いてるんだよ。
だから怠けられるところでは怠けるでしょうよ。少なくともそんな環境なら俺なら働かない。学校いかずに自分で勉強する。したかった。
まあそれはレアケースとして、これが今回良いたいことなんですけど、本題なんだが。
働かないことが正当化されている一般的なものと言えば、「学生」ですよね。
小中高学生はもとより大学生はなんか遊んでいいみたいな風潮あるじゃないですか。
なんか昔は働きながら勉強みたいなことが普通みたいなこと言ってたわけですけど、現代は学生は働かなくて良いみたいな常識になっているわけですけども、
「え?余裕あるじゃん学生!なんで働かないの?」
ってみんな言わないよね。なんでだろうね。
いや別に俺はそれを責めたいわけじゃなくて、そういう「余裕があるやつすべからく働け!」みたいな奴隷根性の常識に対して、なんでそれはみんなスルーなの?って聞きたいわけなんですよね。その意識のスイートスポット的なものがありませんか?っていう。
「いや学生は勉強が仕事だから」みたいなこと言ってるけど、じゃあ言うけど「鬱の人」とか「疲れてる人」だとか、「妊婦」「小さい子がいる」とかそういう人もなんか働くのが普通みたいになってるよね?
じゃあなんでそっちはスルーなんですか?
「病人は心を癒やすのが仕事だ」とか「妊婦は出産するのが仕事だ」とかいってなんで労働を完全に免除されないんですか?
なんか子育て漫画とかそういう展開多いよねー。お腹が出てきても仕事するみたいな展開あるじゃん。あれってなんか、異常だよ。なんだったら幼稚園に預けて仕事とかも俺は異常だと思うわ。
合理的に考えるなら、そうやって「誰でも働け!」が常識なんて、そんなことねえよなみたいな。
前述の通り、学生だってね、勉強することに専念するために働いていないみたいな理由で働いてないことが正当化されてるみたいな感じだと思うんですけど、だったら働かない理由になりますよね?
「学校行きながら働いてるの偉い」みたいに「え?なんで赤ちゃんいるのに働いてるの?」「腰痛や肩こりがあるのに働くなんて異常だろ」みたいになるべきだよね。
でもそうなってないよね、ちょっとしたアレなら働かないといけないってなってるのは、「そういうものだ!」という合理性もへったくれもないノリとか流れとかで全部決まっちゃってるわけですよね。
なんだおるね、そういう、「こうこうこういう条件の時にこうします」が一部適用されて一部は適用されない、みたいなことっていうのはまあ、往々にして起きることですが、別に悪いことが起きないならまあいいかってなるけど
例えばコミケとか、本来なら著作権があるIPを使って二次創作してお金儲けはダメなんだけど知名度が上がるから黙認とか、いやまあそれはいいのか。申告罪?らしいし。
まあそういうゆるいフィールドならまだしも、それによって悪いことが起きるならダメでしょという感じですよね。前述の病人だったり妊婦だったり。
政治でも有りますよね。
「アメリカに習うぞ^!」的なことをいって軍拡とかグローバル化とか悪いことばかり真似するのに、なんで米国の国内投資とか良いところは真似しないのかとか、
あるいは国債発行もそうですよね。なんで簡単に国債発行でじゃんじゃんお金作って海外投資っていう無駄を普通にやってるのに、なんで国民のためになる消費減税や支援は「いやー財源がねー」って渋るんですか?っていう。
あと最近れいわの高井さんが行ってたけど、国民民主が「企業団体献金を禁止する!」みたいに鼻息荒くしてたくせに、次の瞬間、どうしてれいわよりもゆるい規制を打ち出して来たんだ?っていう。
あと外国人が不起訴みたいなやつもですよね。あとColabo問題とかね。NPO法人は厳密な審査が必要なのに(暇空は正直今じゃ変わり果てた姿だけどあの裁判自体はよし、というのが俺の主観)
あと売国議員も逮捕されない
「え?なんであなたは主義を一貫してないんですか?」っていうね。まあそれが個人とかなら良いんですよ。
アホインフルエンサーが自己責任とか言いながら、何故か世間に口出しするっていう、阿保右衛門。自分が他者依存で生きてきてるわけだけどね。それは全然ブレブレなわけですけど。まあ良いんですよ。ただの有名なアホ、嘲笑いの的ってだけですから。
でも法律とか政治家とかは違うわけじゃん。法の下の平等なわけでしょ。その判断が多くの人の人生を左右するわけじゃないですか。
でも前述の通り、なんでここで言ってた条件がここでは適用されないの?みたいなやつが普通に起きてるわけですよね。
まあつまりルールとかじゃなくて私利私欲だけで国を動かしたい。自分が甘い蜜を吸いたいっていう、さじ加減っていう。そのために意見をコロコロ変えてるだけなんですよね。
子どもの言い訳みたいなことをスーツ着たいい年下おっさんがやってるのを見ると、なんというかもう笑うしかねえな。人生最後の春だと知らずに。
スパイ防止法とかもそういうふうに適用するつもりなんだろうなって。
「いやこの人怪しいのになんで調査しないの?!」
「いえ、大丈夫だとこちらは判断しました」
「いや絶対この人スパイじゃないでしょ!」
「いえ、こちらはスパイだと判断したので。法律的にも問題ないです」
ってなるよ絶対。警察ですら若干そうなってるわけなんだから。
それを正すのは選挙しか無い。れいわ新選組しか無いわけです