一つのものに対して複数の機能をつける

ハイブリット車っていう、電気とガソリンの両方を燃料にします的な車がありますけど、一方で電気だけの車は落ち目みたいなところがあるらしい。そういう動画を見た気がするテスラは売れてないとか

何故なら電気だけとなるとガソリンスタンド並みに電気を入れる装置を町中に作らないといけないからだとか。だから余裕があるときに電気を供給できるハイブリット車のほうが強いとかなんとか。

 

これって自動運転にも言えることだと思うんですよね。100%AIに任せると誤作動を起こす可能性がある。かといって今の人間が操作するやり方だって事故が起きてるわけだから、人間とAI、両方が手を取り合う的なアレがいいんじゃないかと思うんですよね。基本はAI操作で人間が危険なときに操作するとかもしくは逆、ロックマンエグゼなんだよ。

 

これをさらに考えていくと、一つの道具に対して複数の機能をつけるとか一見冗長に見えて無駄に見える感じが安全というか。いくつも安全策を作っておくことによってより安全性が高い、一つがればいいじゃなくて複数あればより強固になる。

 

これは政治に対しても言えることだよね。民主主義は独裁よりもめんどくさいわけでしょ。王様がやれといったらやる絶対王政に対して民主主義は色々な手続きが必要。民主主義はだっせーな!帰ってセガサターンうんたらって思えるが、実際のところ民主主義は今の危険な自民党政権を見ていると本当に必要なことだと思うわけです。あいつら戦争を進めるために改憲をすすめて、人殺しも厭わないわけだろ?医療費4兆削減しようとしたじゃん。

 

だからこそ、なんというか、自然の摂理として、他の要素に対しても、こういった冗長さ、一つのものに対して複数の機能をつけるとか、一見いらないような手続きこそが必要だったみたいなことってあると思うわけですよね。人体に対してもなんかそういうのがあった気がする。DNAとかRNAとか。そのほとんどが使わない遺伝子情報だとか。

 

一番今自分が思うのは、教育。「なんで使わない知識を覚える必要があるのか」的なやつだよな。

俺が一番思ってるのは国語なんだけど、国語って「日本語って良いもんですね」、的な精神を育む的なやつなんだが、それにしては覚えゲーじゃないですか?テストとか意味ある? 楽しむだけでいいじゃん。みたいなところあるけど、まあそれは置いといて、例えば別に工学系じゃないのに電子工作を学んだり、あるいは音楽行かないのに音楽理論を学んだり、そういった将来仕事とかで使わない知識を覚えるっていうのは無駄化に思えるが、そうじゃないんじゃないかと思うわけです。

 

政治ですよね。これはもう皆分かるよね。人々に政治の知識がないばっかりに、今貧困30年なわけでしょ。で、あなたは政治家に将来なりますか?っていうふうになってそうじゃないわけでしょ。でも政治の知識が必要だよねという話。

他にも例えば、AV新法とか、他人が実際どううことをしているのかみたいなのが若rな愛ととんちんかんな法律が通っちゃったり、

あるいはプログラミング開発の知識とかデザインの知識とか、クライアントがこういうゲームを作って!とか、こういう広告を作って!とか、そういう依頼をするのに対してなんかこうコミュニケーションが取れないからいざこざが起きるみたいなことがあるじゃないですか。だからクライアントが最低限の知識を持ってるとスムーズに進みます的な。そういうことを誰かが言ってた。これは上司と部下にも言えることだよね。部下のやってることを上司が理解してないからなんか色々とヤバいということがあるわけですよね。なんか有名な会社のトヨタだかスズキ高の人が「やってみせまじ!」とか言ってたじゃん。

 

つまり一芸に特化するのも良いんだが、基本的に多くの人間はジェネラリスト(万能型)であるべきだと思うわけですよね。ジェネラリストっていう言葉があってるかわからんがなんか西尾維新の漫画でそういう単語があったわ。検索すると合ってるわ。

 

なんというかね、そういうのが日本人的に合ってるよなと思うわけですよね。なんか昔全く関係ないしごとなのに趣味とかで数学とかやってたみちあなやつがいたらしいじゃん。なんというか、日本人は凝り性だから。というかなんというか、今でさえ意味ない勉強とかやってるやつが多いわけですよね。だからもっと知れば良いと思いますわ。もっと重要なことも勉強しろ政治とか。歴史とか。面白いからね。なんかユーチューブでもそういうチャンネルあるけど、なんか学校の教科書って何であんなにつまらないんだろうってぐらい面白いわ。まあ過去のことだから面白がれるってのもあるけど。言われてるこれってこういうことだったんかっていうのが伏線回収的な面白さがあるし、他にも数学とか全部教えてくれるからね。

 

なんというかこう、他人を評価するために、全てのことを知らないと行けないと思うわけですわな。そしてそれによっていい国が作れるよねという話。つまり民主主義というものはそういう前提の元正しく機能するシステムですよね。選挙とかさあ。よく「国民が選んだからそうなってるんだ!」とかいうやつおるけど、そんな皆忙しくて正しい情報とか得られないと言うか。だからテレビ公共放送が重要だよね。だからテレビが悪いじゃんって思うわけだけど、とにかく「じゃあどういう世界が正しいんだ?」って訪ねた際に、行き着く先が万能型の世界だよね。という話。民主主義ってのはそれが前提だよね。民主主義はクソっていうのは、「何もしらないのに適当に投票するからクソ」っていうわけだから、全員が知ってれば民主主義は最強でしょ。現にテレビが間違った情報ながしてだめになってるからねそれの逆を行けば良い。

 

まあ万能型と言っても、完全にすべてを知る必要はないわけだが。例えば国債発行の仕組みとかも、なんか詳しく調べるとややこしいんだけどな。地方銀行国債を買うんだけど、人々が国債を買うんだっけ?とか、日銀が国債を買うってどういうこと?とか。、結局は「国はお金を作れる」ということなんですわな。そういうふうに実際その根底にあるものというか、概念自体は単純であることが多いと言うか。理論から工業に落とし込む際はなんか色々と現実的な問題を解決しないといけないとか色々と複雑だけど逆を言えば理論はシンプルなわけです。

あと全員が万能になる必要はなくて、面白いと思うものを知ればいいと思うのです。政治も半分くらいが知ってれば、知らないやつは知ってるやつから聞けば良いわけだからね。

 

 

なんかSFとかで指紋認証付きの拳銃とか、古代文明的な装置とかみたいな描写がありますけども、その描写はSF作家の直感的が正しかった可能性が微レ存…?実際スマホとかPCとかって複数の機能が一つのものに収まってるわけですから。これはもう、自然の摂理として、そういう風になっていかないと行けないのではないか。モノや人がパワーアップしていかないといけないよね。そのためにもっと科学力を高めて、もっと自動化や効率化だったりとか、余裕ができるようにしないといけないよね。そのために国が金を出す必要があるよね。

 

なんというか、本を読んで心を豊かに的なそういう感覚というか道徳的なのりというか流れがありますけども、それってそういうことなんじゃないですか? 何も分からなければ新自由主義的なのが正解に思えるというか、痛みがわからなければ他人の痛みに鈍感になるわけです、知識がなければまた作れば良いとか、なんでできないの?ってなりますし、、売上がなければ首を切れば良いじゃんって若社長的なのが陥りやすいらしいですし。日本も戦争できるんだアメリカの信頼(笑)を得るために9条破壊だ的な、そういったタイニポン帝国的な時代錯誤的な、そういった人類史上最も愚かな過ちを繰り返さずに済むわけですよね。知識というのは武器ですよね。文字通り。人間がここまで繁栄したのはそういうことでしょ。