デモには2つのステータスがあると思います
一つは感染力、一つは芸術性
デモは実際物理的に屑政府にプレッシャーを与える方法として有効であるということは今起きているザイムデモによって証明されているわけだけども、もっとバリエーションがあってもいいよねというか、俺にはもっとアイデアがあるわけです。
なんか4月から日本のネットが北朝鮮中国並みのSNS規制になる危険性がある、情プラ法というゴミが始まるわけですが、それに伴ってデモというのも増えてくると思うわけですよね。消すと増える。
それは喜ばしいことだと思うんで、
だからその一助として提言したいことがあるわけなんですけどもね。最後になるかもしれないからさ。
でももうね。削除されるかもしれないっていう可能性があるっていう事自体がクソであり逮捕案件であり、憲法違反なんだけど、このブログでやることはヤッておきたい。(まあ最悪を想定してだけどな。たぶん問題になると思うんだよな。明らかにおかしいし)
まずデモというものは、確かに有害なクソ野郎たちに対して物申すみたいな目的で行われていると思うんですが、
一番大事なのは「知らん人にそのデモをしている理由を説明すること」だと思うんですよね。通行人にそれを伝えることが大きな役割だと思うんですよね。
今は、比較的デモに対して理解してくれる人が多いと思うんですけどね理解が増えていると思うんだが、でも思い返してくださいよ。皆デモとか冷ややかな目でみたいたでしょ。自分も軽くそうだったんだけど、たぶん今もそう思ってる人がいるんじゃないですかね。
でも実際はそうせざるを得ない理由があるわけですよね。経済政策のアホさ加減を全国民が知るべきなんです。増税しかできない政府って明らかにおかしいでしょ。正しい経済政策に切り替えたら全員がwinwinでしょ。
その事実を全国民が知るべきなのだが、ネットだけじゃ特定の人にしか届かないわけですから、通行人に言う必要があるわけです。物理で言う必要があるわけですよね。
ですから、何も知らない人がそれを聞いて「あっ、確かにそれはそうだな」「ヤバいな」って思えるようなことをしなければいけないと思うわけですよね。
その観点で見ると、色々やり方というかスピーチに考えようがあると思うんです。
数秒とかで「あ、ヤバい!」って思わせる、理解せさせるために、色々と文章とかを考える必要が出てくる。
例えば色々といらない説明を省いたりとか、「いや正確には違うんだけどこういったほうがわかりやすいかな」的な感じのことが大事なんじゃないかと。
まあ、対する屑売国奴やインフルエンサーは嘘つきで自分の頭の中の妄想だけでしゃべれるっていうのが強みで、正確さや合理性を下に戦っているこちらとしてはそこらへんアドバンテージが取られているわけだから、
なんというか「教える力」みたいなのが大事なんじゃないかと思うわけですよね。そう考えると過剰なかしこさというのが逆に枷になることもあるわけです。相手の気持ちがわからないわけですから、
逆にデモとか冷ややかな目で見ていた人は、なぜ自分がそう思っていたかを考えて欲しい。それが強みになる
「相手がなぜデモに参加しないのか」を考える必要がある。その理由は「自分が得しない」と思ってるから。でも実際は得するわけですよね皆が参加すると。自分の使ってる道具がパワーアップするわけじゃないですか。経済が活発になると。
アメリカとか日本と違って金がかかってるイベントとか建築物とか見るけど、それも日本ができるって思うと何が何でも参加したくなるでしょ。
あとそれと今の政権がどれだけ屑で気持ち悪いのかを説明するとか。中国や北朝鮮アメリカが未来の日本になる可能性があるということを言う必要がある。
そして、その「教える力」以外にも、「足を止めてもらう力」というのがあるのではないか。
理解させるためには時間が必要だから、その時間を短くする、という観点で話してきたけど、今度はその時間を長くする、という観点。
そのために楽しげなほうがいいのではないかと。れいわ新選組の増税ダメデモとか見て良いと思うのはその点ですよね。楽しげであるということ、
怒っているとなんか怖いという印象だけになってしまう人がいるのではないか。
その点山本太郎はすごいというか、なんか最近れいわを取り上げた雑誌の編集者人が「つい山本太郎のイベントにいってしまうんだ」みたいなことを言っていたらしいし。やはり芸能人的な山本太郎の実力というか、あと大石さんの関西人としての魅力というか。
通行人がそれを聞いてもらい、そしてその人がデモに参加するしか無いっていうふうに拡大していくしかないんだろうなと。
もし仮に今後日本が中国北朝鮮並みのSNS規制になった場合(想像したくないが)、そうすることでむしろ更に広がっていけると思うわけです。
つまるところ感染力。それが大事。
クソ政党が選挙前にだけ街を練り歩くクソ議員の名前連呼だってその感染力を狙ってのことらしいですし。
これを聞いた人が新しい発信源になる、というふうになれば一気に加速すると思うんですよね。
ですけどもね。
今言ったこととは真逆のことを言いますけど
別にそういうことは別に必ずしも必要じゃないと思うんですよね。
だって面倒じゃないですかそういうことをいちいち考えるの。
っていうかそもそもいらなくないですか?交通人に対してそういうこと説明するのって。
現政権(人の皮を被った化け物)に対して、自分が本心で言いたいことを言う。それだけでもいいじゃないですか。
そういうことです。これが2つ目の評価軸である「芸術力」
なんだろうね、そういうのはわかるんですよね。ニュータイプじゃなくても、その人の中身って。
あるいは全員ニュータイプ的な種がある つまり好きと思うか嫌いと思うか、そういうのは誰でもわかることじゃないですか。それこそがですよ。
本当にその人が本気で考えていってるか、その人がどういう性格でどういう目的なのかどうか、薄っぺらいA4用紙一枚よりもうすすぎる皮だけの外面で話しているかどうか。
結構ねそういうのはわかるんですよ人々は。それこそがバズる種だと思うんですよね。「本物」かどうか。
だから「意図的に何かをバズらせること」は不可能なんです。
だって「バズらせる」と思った時点でもう皆見抜いているわけですからね。皆本当はお見通しなんですよ。「あっこいつ第二の〇〇狙ってるな」って思われるわけですから。
だからこそ、れいわ新選組山本太郎が注目されているわけじゃないですか。今でこそ沢山の人が知ってくれているけど、初期の頃とかも「こいつは本物かもしれない」って思った人は俺以外にもいると思うんですよね。わかるんです。
だからこそ、発信者として、「感情」っていうのは大事だと思うんですよね。
普通に皆こいつがどういうやつかどうか、立ち振舞や表情だけじゃなくて、間接的な、文章やら絵やらですらも見抜いてしまうわけですよ。
だから謎に好かれて成功する漫画家と失敗する漫画家がいるわけです。大昔のアニメのほうが良いなって思うわけですよ。1990年代のさあ。いいよね…
前半で俺が言ったことをごちゃごちゃ考えて、戦略を立ててやるっていうのも合理的だし成功確率が上がるかもしれないですが、
その一方で不純物が混ざってしまう可能性というか。それよりも本心でやりたいことを行動すれば良い、というありがたい言葉ですよね。なんか色々な創作物とかで言ってることですけども。案ずるより産むが易し秋元康。
これが「芸術力」ですよね。とにかく当たって砕けろ的な感じで、岡本太郎のいうような「芸術は爆発だ」というの言葉もそういう意味だと俺は思うんですよね。
言いたいことを言えば良い、という感じのデモも必要というか、それも感染力があると思うんですよね。
自分では普通だと思ってることも他人にとってはすごいっていうのが普通にあることですから。