意味もない体の不調こそが重要なのでは

なんか、前々から思ってたんだが、俺はストレスがかかると、耳が痒くなる。

 

なんかね、ストレスってダメらしいじゃん。医学的にも、

 

ストレスをためると老化しやすくなるとか病気になりやすくなるとかどうとか

 

だからね、これも利点なのではないかと。

ストレスって、自分が受けているってわからないものじゃないですか。

うつ病の人も自分が鬱だって分からないっていうでしょ?

 

ムカムカするとかならまだ分かるけども、なんか無意識にそういうストレスを受けているみたいな、それに気が付かずに続けるみたいな、それで手遅れになるってことにならないように、そういうインディケータというか、指標みたいなものが必要だと思うんですよね。

 

ゲームでHPバーがないと自分がどのくらいの余裕があるのか分からずに死ぬじゃないですか。だからHPバーが必要だなってことで。

 

耳が痒くなる、というのがそれに値するのではないかと。

 

分かりやすいじゃないですか耳が痒くなるって。

「かゆっ…あっ!ストレス受けてる!」って分かるじゃん?

 

そういうの、他の人もあると思うんですよね。

 

例えば「おしっこがしたくなる」だとか「お腹が減る」だとか、「作業効率が落ちてる」とか、「画面を視るのが嫌になる」とか。

 

そのときっていうのはたぶん、俺のそういう、肉体担当の脳みそ領域が、意識領域に対して「おいやべーって!それやめろ!一旦休もう?」っていう感じのシグナルなのではないかと思っているわけですよ。

 

 

まあ、耳以外にも、他にもなんかストレス掛かると、意識的にはなんともないが、そういうなんか体の動きみたいなんが出てくることはあるよねたまに。なんか体の一部がピクッと動いたりさあ。

 

そういうね、そういうのをちゃんと聞いてあげたい。

 

前にも行った気がするが、自分の肉体っていうのは、絶対的な自分の味方なわけじゃん。それをね無下にすると、いつか復讐されるからね。病気という形でね。

それが世界の真理よ。

 

自分のためにも相手のためにもならないわけじゃん。

 

味方はね、大事にするべきだよ。

 

「無理をする」っていう行為は、自分の肉体という最大の味方を攻撃しているわけじゃん。

 

 

 

そして、今の政治もね、今のまま味方である国民を攻撃し続けてたら、その政治家はきっと復讐されるわけじゃん。国自体が衰退して、お前らは自分の乗る船に穴を開けて、何がしたいのっていう。

 

今でさえテロとかされてるわけだしな。

 

なんかそういうね、味方を攻撃するのっていうのは、そういうバカなことだと思うわけですよ。

 

 

 

まあ話は飛んでしまったが、話を戻す。

 

そういう体のちょっとした不調をね、大事にしていくべきだよねって。

大事を取るべきだよなと。「いやこのくらいいいか」じゃなくてさあ。

 

いや不調ってほどじゃない、病院行くってほどじゃないような不調の種をね、そういう芽を潰していくってことが重要だなって。

 

そういう芽がめっちゃ集まって大病を患うってことにもなりかねんし、いやそこまでいかんくても、体にダメージ的なのをできるだけ減らすべきだと思うんすよね。

 

ハインリッヒの法則って言って、一つの重大インシデントの裏に、多くのヒヤリハットがあるみたいな。

そのヒヤリハットを潰していけば、確率的に重大インシデントが起きる確率が極限まで減らせるわけですよ。

 

自分の意思で防御できる範囲はそこじゃん。

ヒヤリハットを防御すれば、病気は起こらないんですよ!

 

そういうちちゃい不調のやつを、なんか対処しないとダメでしょみたいなね。

 

そういうことを最近思ったわ。

なんか最近俺は頑張りすぎている感じがするわけですわ。

 

心を殺して作業しているよね。副業をね。

 

なんかね、もう教育機関とか、あるいは就職システム自体が、そういうもんじゃん。

嫌なものをやり続ける、体に負担になることをし続けなさいって風潮じゃん。今って。

よく聞くけど、教育はなんか軍隊のシステムを流用とかどうとか、社畜量産みたいなね。

実際あの硬い椅子とか、あるいは重い教科書とか、一部のゴミクズ教師とかさああ。

完全に社会の縮図なわけじゃん。

 

好きなことで生きていくっていうのは、会社を止めることができる怖いもの知らずとか、才能があるやつとか、裕福な人でしかできない特権なわけじゃん。

俺もまあ、そういうふうに心を殺してきたわけよ。

 

 

そういうの、ダメだよやっぱ

 

そういうふうに国民を消耗品扱いしたら、そのしっぺがえしは政治家連中、そしてそれ以外の人間にも返ってくると思うんよ

 

これからは誠意の時代だと思うんよ。

正直にやる。正直に謝るし、正直に改善していく。

それが本質なんよ。結局は本質の道理をつかんだものが勝つ。

 

なんかね、みんなが好きなことを仕事にする、それもね、なんかストレスに追われてとか、そういうんじゃなくて、もっとこう、余裕を持って仕事をするのが理想だよなと。

 

あとさあ、資本主義のダメなところって、金さえ設ければ心は捨てていいみたいな感じになるところだよな。

 

金さえ儲ければ、社畜にして殺してもOK!!みたいなね。

そして金を払えば牢屋から出てもOK!!!示談で罪すら消せる!!!みたいなね。

 

金のために心を犠牲にするって、違うじゃん。

心のために金があるんだろぉ!?心を守るために金で解決しようっていうのが本来の姿じゃん。金は道具にすぎないわけじゃん。

 

でも俺も含めて、金がかかるから好きなことをやらないってやつ、いると思うんだよね。

金に心が囚われていると思う。

 

やっぱね、やりたいと感じたものををやるっていうのが一番力が出るんだよ。

天才なんてそういうもんじゃん。やりたいことやってるわけじゃん? 

そしたらいつの間にかなんかすごいことになったぞっていうのが天才なわけじゃん。

それ以外の能力的な部分で天才と凡人はあまり変わらないと思うんだよね。

一番の違いはそういう「好きなことを見つけることができた」っていうことだと思う。

 

そういうことをね、探すべきだよ。そういうふうに個人も政府もやるべきだと思う。サイダネ探しみたいなさあ。花さか天使テンテンくんみたいな。

 

 

そのために今の社会のデフレを脱却しなきゃいけないと思う。一般的にカネがないと好きなことができないからね。

 

だから選挙、ちゃんとまともな政党に入れようね!(オススメはれいわ新選組!