何故文化を大事にしないといけないのか

 

個人的に古いものは苦手である、新しいものが好きだ

 

例えば新築の新しい家とか、歩いている時に見ると良いなと思うわけです。古い家は基本汚いわけですよ。

 

あと墓とか、何か使ってないような家とか、

 

なんかこういう、古くからのそういう文化というか、例えば仏教とか仏像とか神社とか、どちらかと言えば怖いと感じるわけです。

 

でもこういうのは、存在していたほうが良いと思う。壊すのは必要最低限にしないといけないなと思うわけですよ。古いものを壊せ全て新しいものにしろ、っていうのは積極的にやったダメだと思うわけですよね。

 

チュウゴクとかでそういうことがあったらしいじゃないですか。

まああれは国家による大量虐殺、人殺しがもう終わってるわけですけど、それ以外にも文化の破壊という意味でも致命的というか、中国という国が終わって、アメリカみたいな強いものしか生きられないという地獄、チュウゴクに生まれ変わった事件じゃないかと思うわけです

 

なんというか、古いものを壊すっていうのは、まあそれに合理的な理由があれば必要なこともあるかもしれませんけど、でもリスクがデカいわけですよね。

 

もちろん、根拠のない悪習というか、意味もないのに今まで続けてきたことだからっていうやつとか、そういうのを変えて「ああ、やっぱり新しいのが良いわ」ってなるパターンもあるわけですけど、そうでないパターンもあるというか、

 

過去に色々試行錯誤してというか、今までずっと続けてきて安定してるやり方っていうのを破壊するというのは、考えないといけないなと。リスクを最小限にしたり、ちゃんと事前に考えたりしないといけないなと思うわけですよね

 

なんというか社会ってすごい複雑じゃないですか。どんな変化がドミノだ押して気に次の変化を産むかわからないわけですよね。だからこそ変化は慎重にするべきだと思うわけですよね。

 

共産主義も良い例ですよね。共産って、唱えられてたときには、完全んにそれが正義だと信じられていたわけじゃないですか。でも実際やってみたら失敗したっていう。

 

でもなんというか、共産主義は、最初から事前に本当かどうか実験なり小さく初めたりしなかったからこそ失敗したっていうところもあると思うんですよ。最初から国というデカいものを作ったというのが共産の失敗だと思うわけです。

 

最初は村を作ってそこで共産主義の理想を実現すればあそこまで大きな損失を出すことはなかったわけじゃないですか。っていうかこういうことをいうとなんか宗教村っぽいな。なんか最近なんとかのたからばこっていう宗教団体が広まってきているらしいが、そいつらも宗教村を作ろうみたいなことを言ってるらしいが。

 

まあ話を戻して、つまるところ複雑だからこそ、もし失敗したときの損失を考える必要があるなと。

そして何百年とか続いているやつを壊したらどういう不利益があるかわかんねーなと。後戻りできないというのが怖いわけですよね。

 

物質的なものではなく例えば法律的なものとか、例えば改憲がいい例ですよね。いやまあ改憲はもう、やっちゃダメというか、絶対日本がナチス化すると思うんだけども、

 

他にも例えば天皇とかもなくせと言ってるやつがいるわけだけど、確かに一見意味がないように見えるけども、なんかやばいんじゃないのっていうか、別に何かの邪魔になってるわけでもないし、保存することになんのリスクもないんだったら別に良いのではって思うわけで。

 

なんかスピリチュアル的な意見として「天皇の儀式がなければなんたら」みたいなことをよく言われてますけど、そういう呪術的な可能性もなくもないというか。だって証明できますか?っていうね。なんかそういうスピリチュアル側面が無いとも限らないじゃないですか。いや、信じてるわけじゃないけど。

 

まあ大部分が心理的側面であり、それがなくてもしっかりと地に足つけられるならなくても良いわけだけど人はそこまで強くないからというか、

 

んじゃ、例えば極端な例を出すが、「日本の国旗に手を加えて別のにしましょう」って言われたらどう思いますかね。「いや何で?」ってなるでしょ。

あるいは日本という名前を変えても良いので変えますって言っても「いやいや」ってなるでしょ。

 

天皇制廃止云々っていうのはそういうことだと思うわ。極端なことを言えば。

 

合理的に考えて、それで物質的にはそこまでの損失はないと思うんですけど、でもそうなったとき心理的な側面として大丈夫なのかなっていうのがあるわけですよね。

想像しただけで不安定になるわけですよ。今までずっと同じだったものが意味もなく変えられるっていうのは。ツイッターでさえそうなんだから

 

だからこそ独裁による文化破壊は、心理的な側面でも致命的な事件だったと思うんですよね。彼らの研鑽してきたものを人ではない何かに破壊されたわけですよ。

まあ日本も増税や支援減額でそうなってる最中だけどな。老舗が経営できなくなって終わる。現政権はポルポトを笑えないわけです。自由ナチス党なわけです。

 

あと観光名所的な、それぞれの地域に特徴があって面白いよねっていって、それで実際利益が出ている部分もあるのに、わざわざ日本独自の何千年とかいうスケールの文化を破壊して何が良いんですかねっていう。

 

 

 

 

 

まあなんというか、そういう合理的な理由以外にも、「チェッカー」としての役割があると思うんだよね。

「文化の破壊」とか「革新派」とか、そういう感じで変えたがってるやつの善悪を判断する基準としても役に立つんじゃないかと思うんですよね。

 

だってそうでしょ。以上の、俺が言ったことって、よくよく考えれば誰でも分かることでしょ。特に政治家とかそういう思慮深さや慎重さが求められる職業とかの人っていうのは、俺が今言ったことは何を言われなくても分かってないといけないわけです。

具体的に言うと「何でもかんでも変えたらええってわけじゃない」「社会は複雑であり一つ変わっただけで予想できない変化が起こり得る」ってことですよ。

だから、「意味もない文化の破壊はやめておこう」ってなるはずなんですよね。

 

しかし、豚は、これが理解できてない事が多い。

 

分かるでしょ。文化大革命とか、ポルポトとか、これまでの歴史を見るまでもなく、現在の政治家を見ていると、何でもかんでも「変えろ変えろ」うるさいでしょ。

 

それで結果、どうなりましたか? 増税インボイス、NISA、こども食堂、海外投資、農業やら林業やらの件とかも、日本の不利になることしかないわけでしょ?

 

 

こういうやつっていうのは、俺がこの記事で言ってる、「誰でも分かること」ですら理解できてないんよ。

 

だから「天皇制廃止しろ」「今までのやり方を変えろ」と言ってろくにその理由を説明できないやつは、それがリスク・リターンに釣り合ってないことを考慮していない人で、バ・・・少し頭が悪い人だから、政治に関わるなってことです。

 

その点山本太郎はぜひ政治に関わってほしいと言うか、総理担ってほしいというか偉くなってほしいというかね

色々と質問海とかで、思慮深さというか、慎重というか、その上でどうすれば日本が助かるのか本質しか見てないわけですよね。

 

例えば、「話題の〇〇さんってどう思いますか?」みたいな質問を投げられたとき、「その人はわからないんですけど、それと近い問題はこうです」みたいなパターンがありますけど、前々から言ってる同じことを常に言っているわけですよね。

 

結局本質なんですよねそれが。それをしないと始まらないよっていう。「国としての役割が全部できてからだよ」っていう。