反出生主義

 

まあ確かに。正しいよね。反出生主義。

 

生まれてしまったら生まれる前に戻れないわけですよ。

 

もし何度も生まれる前に戻れるなら「そんなに今の自分が不満なら、やり直せば良い」って解決できるけど、現実的に考えてそれができない。

 

生まれてしまったら老いるだけだし、病気になるかもしれない事故に合うかもしれない。自分の人生を歩めないかもしれない。

 

幸福に成るように努力しようにも労働でリソースを使い果たすような暮らしをする人がいるわけですよ。努力しようにも必ずしも成功するわけじゃないんです。

というか大体の人間がそうじゃないですか。

 

反出生主義っていうのは、もう俺みたいな、普通の労働が不可能というか、適応できない、社会不適合者こそが共感するものだよな。

 

なんかこう、一般的に言われる労働と呼ばれるものをバリバリにこなせる人にとっては、子供を生んでも、「この子も同じ感じで行けるっしょ」っていう考えだから産めるんだろうね

 

一方、それができない俺サイドの人間は「いやいや無理だろ。こんなことをさせるとかお前ら赤ちゃんが可愛くないのかよ」ってなるわけです。

 

まあ、だから反出生主義は声を大にして「出産反対」っていうわけですけども。

 

でもまあそうやって声を大にして言うのはまあいいとして、

 

お子さんがいる人に対して直接言うのはどうなんだろうと思うものがある。

 

なんか出生主義サイドの意見として「反出生主義は、この時代に生むなんて虐待だ!、っていってるけど頭おかしいよねー」ってコメントがよく見るけど

 

まあ実際その主張自体は正論だと仮定して、それを人に言うのはどうなんだろうというか、正論が人を幸せにしない良い例だよな。

 

もう生んじゃったんだからしゃーねーじゃんというか。

そんな事を言っても誰も幸せにならないだろうし、

実際子供を産んでくれればこの国が多少なりとも延命するわけだからその点は良いことでもあるわけだし

 

まあ、それにそんなの本人たちの勝手じゃん。部外者が決めることじゃないでしょっていう、至極当然の指摘をしたいわけですよね。

 

まあ子供が欲しいっていうのは本能だろうし、止められないでしょうよ。多分オナニー我慢しろって言ってるのと同じだから。(まあただその欲を持っている人の数が減っているわけですけどね)

 

まあ仮に将来その子が大きくなって「なんで生んだんだよ!」ってなるとしても、そもまたその出生主義者の受けるべき責任というか、負の側面でしょうよ。

それ含めて産んだんだろってことだし、それを他人がとやかく言う必要ある?みたいな。

 

まあその場合、その子供が可愛そうとも思うかもしれませんが。そこはまあしゃーないよ。

育て方とか親とか社会とかその子自身の才能とか努力とか運とか、悪いところを考えて改善する余地は十分にあるだろうが、この政府の下じゃ、絶対にそういった犠牲は出てしまうんだろう。犠牲に成るような人がいるのもまた事実だよな。

 

まあそうならないように社会のあり方とか科学の発展をするべきだと思うわけですよね。

 

そういう方向性の人間が反出生主義者から出てもいいと思うわけですよ。

反出生主義は苦痛を減らせれば良いわけなんだから。

別に人類が滅ぶことが目的じゃないでしょう。

 

もし不老不死とか労働の必要がなくなるだとか今の破綻経済が改善するだとか、そういうことが起きれば、生きてても苦痛を減らせるんだから良いってなるじゃん。

 

 

 

 

 

 

ただ問題は、「反出生主義は頭がおかしい!」だとか「出生主義こそ現実を見れてないアホ!」だとか。

 

反出生主義とか、出生主義とかそういう派閥に分かれて喧嘩して、自分の頭で考えなくなることだと思うんですよね。

 

左翼だとか右翼だとか社会主義、資本主義とかもそうじゃん。

 

主義にこだわって「敵の意見だから聞かない!」ってなるのは、冷静に考えて間違ったことを考えているわけで、過去人間が起こしてきた宗教と同じ過ちなわけですよ

 

例えば「女と交わってはいけない」っていう戒律で、「だったら男とならいいよな!」っていって「いやいやそういうことじゃないって!無駄な精を出すなって言ってるんだって!」みたいな。

 

自分がルールを作ってそれを便利に使うのではなく、ルールが自分たちを支配して苦しむっていう、逆転現象が起きているわけですよ。

 

それと同じことが宗教だったり主義で起きているわけです。

反出生主義、出生主義も同じですよ

 

もうやめようよそういうのは。もっと器用に生きよう。人間って弱いんだから。

 

 

 

合理性なんだよ。合理性あるのみなんですよね。