経済成長は、供給ではなく需要が先に来るらしい

人手不足が日本経済を復活させる理由[三橋TV第34回]三橋貴明・高家望愛 - YouTube

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三橋さんという、テレビにも経済学者として呼ばれる人がユーチューブをやっていて、それで最近色々と面白いなと思っていたんですけども。

 

そういうのをね、ブログで紹介していけたらないと。

 

それで、「確かに」と思ったことがあった。だから書きます。

 

まず、供給と需要、どちらが大きいのが理想か、というクイズがでた。

 

供給とはつまり、生産能力、「コメが毎年何トン取れます」とか、「こういう技術が開発されました」とか、「何ができるか」という意味で、

 

需要とはつまり、何が求められているか、どういうものを売ったら買われるか、ということの意味である。

 

それで、仮に供給が常に大きいとしたら、「コメが毎年1000腸億トン取れます」とか、あるいは「コオロギの生産が盛んです」、って、そういう供給が先に来るわけじゃん?

需要はそれに追いついてません、っていうことになるよね。

 

それって無駄じゃない?

 

だって供給が常に大きいということは、つまりせっかく作っても消費されずに捨ててしまうってことなんだから。

 

これが今の日本らしい。

 

そして需要っていうのは、言い換えると、どれだけ国民が金を持っているか、ということになるらしい。

 

そりゃそうだよね。金が少なければ需要が低くなるし、

逆に金をみんなが十分に持っていればそれぞれが欲しいものを欲しいだけ得られるわけだから、需要が大きくなる。

(一応言っとくとインフレガー禁止な)

 

つまるところ、国民に金を流さない、ケチケチな日本政府によって、供給能力が大きいという状態になっているわけだな。常に供給ありきになっている。供給の方がデカい。消費が少ない。

 

コオロギとかもそうだよな。これを食えと押し付けてくる感じ。

 

まあコオロギとかはもうそれはどうでもいいから、さっさと消費税廃止+国債発行しまくれと思うんだけど。

 

 

 

じゃあ仮に、常に需要の方が大きいとしたら?

 

作られたものを取り合う、というデメリットがある。

 

供給よりも需要のが高いから、欲しいものをみんなで取り合うというわけですよ。

 

でもそれって、売り手側からすれば天国じゃない?

 

作れば作るほど買ってくれるってことじゃん。

だから、どんどん参入が増えたり、あるいは設備に金をかけることができるわけですよね。

 

もし前述の、供給の方が大きい状況ならこうはならない。

需要が低いわけだからモノが売れないわけで、設備に金をかけたくない、だから生産性も上がらない

。商品開発にも力をいれずらい。結果どんどん他国に後れを取っていってしまう。

 

 

つまり、経済成長とは、「常に需要の方が大きい」ことが大事だということですな。

 

言い換えるなら「国民が好きなものを好きなだけ買える社会」

 

もっと言い換えるならば、「国民が十分な金を持っている社会」なわけですよね。

 

 

こういう側面から見ても、やはり消費税廃止+国債発行は大事なわけですよ。

だって金の量が少ないと、消費量も少なくなり、消費量が少ないと、会社がお金を稼ぎにくくなり、会社が金を稼ぎにくくなると、効率化技術発展ができなくなる、

 

そいう論理なわけですよね。

 

 

こういうことですわ。

 

これを聞いたときに「あっ、確かに」って納得できた、その感動があったよね。

 

でも、その当然ともいえる経済政策を、今の日本政府はできないらしい。

 

理由はよくわかりません。なんか変なプライド持ってるからなのかな?あと自分たちが間違ってることを認めたくないし、怠けもので、金は命より重いっていう馬鹿なビジネスライク政府だからなんでしょうね。

 

だかられいわ新選組に投票するべきなんだけど。

 

 

 

 

 

でもこれって、俺自身も見習うべきところがあるなって。

 

そう、需要。俺が何をしたいのか、そのやる気こそが、日々の原動力であるなと。

 

毎日投稿だとか、そういうのにとらわれて、自分がしたいこと、自分の需要を見失ってはいけないなって。

 

その楽しさを優先的にやっていきたい。