「過剰防衛」について疑問に思ったこと

正当防衛ってあるじゃん。自分が死ぬくらいなら相手を傷つけてもokという。

 

でもなんかニュースとかで見たが、その正当防衛をやりすぎると過剰防衛になって、罪になってしまうらしい。逆に

 

でも俺は思うのですよね。これってなんかおかしくね?と。

 

過剰防衛か否かを判断する基準って、「自分の身を守るために暴力を振るったかどうか」じゃん。

 

むやみに犯人を傷つけたら過剰防衛になるわけでしょ。

 

でもさあ、それって理不尽じゃね?

 

だって被害者は、いきなり普通に生活してたら事件に遭遇して自分が死にそうになるわけだろ?

 

それで反撃するわけじゃん?

 

そうするとなんか興奮するじゃん。まともに思考なんかできないだろ。相手がもしまだ何か隠し持ってるかもしれないし、

 

それで過剰防衛になるって、ちょっと理不尽すぎないか? なんか基準も曖昧だし。

 

そこで思うのだがね。

 

過剰防衛か否かを判断する基準って、「自分の身を守るために暴力を振るったかどうか」ではなく

 

「本当に加害者が暴力を振るったかどうか」に定義を変えるべきだと思うんだよね。

 

つまり、加害者(犯人)がもし本当に犯罪を犯そうとしたのならば、最悪殺されても文句は言えません、というルール。

 

そのほうが公平でない?

 

多分過剰防衛の「自分の身を守るために暴力を振るったかどうか」の定義っていうのは、おそらく「悪用されないように」ってことなんだと俺は思うんだよね。

 

「正当防衛を利用して人を傷つけても無罪」っていうのを無くすための定義だと思うんよ。

 

例えば、ちょっとこずかれただけで、その何倍もの力で殴り返すとか、

 

あるいは当たり屋みたいに自分から当たりに行って勝手に暴力を振るわれたみたいに言って一方的に殴る、とか。

 

だからこそ過剰防衛っていうルールができたと思うんだよね。しらんけど。悪人ならそういう使い方するだろ。

 

でもそれだと前述のように、「本当に命の危機にさらされて反撃したが、興奮しすぎてやりすぎて過剰防衛の罪になってしまった」っていう感じに理不尽な感じになるじゃん。

 

普通一般人がとっさの判断で「あっ、これ以上は過剰防衛になるな」とか、そういう微調整素人ができないこともあるだろ。

 

でも「本当に加害者は加害者だったのか?」っていう定義ならばその問題は解決すると思うんだよね。

 

もし誰かを陥れるために正当防衛を悪用したパターンならば、「あっ、今までこの人は加害者と認識してたけど、本当は違うみたいだ。じゃあ今まで被害者だと思ってたお前は逮捕ね」ってできるよね。

 

 

 

ここで話は変わるが。

 

なんか殺人とかの疑いの裁判をする際、殺意があるかどうかが争点になるらしいじゃん。

 

なんか殺意があって殺したら罪が重くなるらしいよ。

 

でも、「殺意がある」って、結構証明しずらくない?

 

でもまあ、現実にそういうことを話し合ってるらしいから、ちゃんとそれで回ってるってことだよね。

 

少なくともそのくらいの、殺意とかいう微妙な部分も裁判で争われていると思うと、前述の「過剰防衛かそうでないか」の俺なりの新ルールも、簡単に適用できるんじゃないかなって。

 

前もって容疑者が道具を準備していたかどうかとか、容疑者の素行とかを調べればそういうことをするかどうかとかわかりそうな気がするけどな。

 

いやどうなんだろうね。しらんけど。俺全然法律詳しくないから勝手なこと言ってるけど。

 

とにかく、「正当防衛を悪用されないようにする」ってだけでいい気がするわ。

 

 

 

でも最後に話は変わるけども。

 

結構この過剰防衛かそうでないかのやつって、弁護士の優秀さでなんか変動する部分な気がするな。

 

本人が動揺していたかどうかなんて証明しようがないもん。なんかうろおぼえだが、動揺していたかどうかでも変わるみたいな、そういう話を聞いた気がする。

 

そういうのって良くないよなぁって思うわ。

 

司法ってのは正しい罰を与える場所なのに、そうういので変動するのって、法と言えるんだろうか。

 

なんかこういうところは皆無意識に思ってるけど、今更どう変えたら良いのか分からないし、

変えてしまったら色々と弁護士とか関わってる人が勉強し直さないといけないから黙ってるんだろうな。

 

なんかこういうの他の界隈でもあるよな。

 

学校でも、何十年もアップデートしないのは、運営している教育委員会の都合で、教育を受ける子供のことを全く考えてないし、

 

医療、とくに歯医者とかも海外では最新治療が進んでいるが、日本では古典的かつ再発しやすい削る虫歯治療が公然と行われているらしいし。

 

政治でもPB黒字化とか財政健全化とか言って、金を生み出せるのにも関わらず増税して国民を苦しめているという、諸悪の根源なわけですよ。

 

 

つまり、金のために他人の人生を売る、自分の利益のために他人の幸福を売り飛ばす。

 

そういうのが巨大権力は常識となっているわけです。

 

 

それって正義と言えるんだろうか。

 

 

いやいえない。

 

はっきりいおう、現在の政府、司法、教育、医療は、悪そのものである。

 

無論、こう言ったとて、良いこともしてるんだろう。無ければ困るのはたしかなんだろう。

 

でもベストを尽くしていないですよね。

 

それだけで悪なんだよ。

 

巨大権力はベストを尽くす義務がある。そのために与えられてる権力なんじゃん。

 

 

だからこそ、その体制への反逆の切り口として、れいわ新選組に票を集めるひつようがあるんですね。とにかく金を国民に流す必要がある。

 

足りてないところに回すひつようがある。それであらゆる産業が復活して科学力が加速するわけですよ。

 

まず金が無いと何も活動できないからね。