日常の全てがゾミアに見える。派閥に属さない会社員も、あのSFも。【ゾミア3】#231 - YouTube
このチャンネル、おすすめだから見てほしいんだがね。
すごい知識人的なラジオというか、すごい知見が広がる。
まあそういうチャンネル紹介もしつつ、ゾミアですよ
ゾミアシリーズ。3回もやってるっていう、本人たちもお気に入りの話題というか、昨今の政治からみても、
国家の信頼がゼロっていう、そういう状況というか情勢に非常にマッチしているというか。
つまり、ゾミアとは何かというと寝そべり族、あるいはニート、そういうやつって最近出てきたと思ってるでしょ?
なんというか「働かない」「努力しない」「生きていくための最低限度の生産をする」っていうね。
当然結婚も子育てもしない、
それで誰が困るかって言うと、国家が困るわけですよね。
それでチューチューその努力の決勝を吸い上げている国が、「いやそれはアカン、あかんよ! もっと生産性上げていこうよ! 子供も一組当たり3人作ろうよ」とかあんぽんたん抜かすわけですね。
そんなん言って生産性上がるなら、言われんでも上がっとるわぼけ。アホ。って俺の中の関西人が叫ぶんですがね。
そういうのって最近になって起こったっていう感覚だったけど、それは全くちがくて、昔からそういうことをしている集団ハイたわけですよね。
つまり国家に属さない集団っていうのが割りといて、それがゾミアと呼ばれていたわけなんです
つまりゾミア=まつろわぬ民、国家に服従にない民、ってことですわな。
そのために定住しない。定住しなければ国が管理できない。
稲作をせずじゃがいもを育てる、じゃがいもは常に収穫できるので税金を徴収することができない。
知識層とかそういうのを作らない、そんなことをしたらそれぞれの地位に差が出来てしまうからね。みんな平等、恩を返さない、そういう教育を親がする。
まあ詳しいことはこのチャンネルとか、あるいはゾミアとかで検索してほしいんですがね。
すごい常識から外れているというか、今まで自分が正しいとか、野蛮だと思っていたのがひっくり返ったというか。
ゾミアすげぇえ~!!ってなったわけですわな。
同時にね、今までダメ人間だったと俺は思っていたけど、割とゾミア的には割りと正しい考え方だったんだなって
だってたるいじゃん。社会生活って。
いやたるいでしょ。なんせ数年も学校にかよって、硬い椅子に座って何時間も固定して生活しないといけなくて、
そして受験合格して大学で数年遊んだ後、また元の硬い椅子に座って~とか、肉体労働とか、ふざけるなって言いたいわ。
でもゾミアっていうのは、そういう感情を肯定してくれるというか、そういう生活を良しとせず、ただただ自分が楽しく生きればいいじゃんみたいなね。
いやまあ、そんな単純じゃないのかもしれないけども、ゾミアはゾミアなりに、集団を維持するための最低限のルールがあるのかもしれないけども
それでも普通と言われる社会生活とは比べ物にならないほどゆるゆるなんでしょうね。
なんというか、それが自然といえば自然だなって思うわけですよ。
だってやりたくないことはやりたくないでしょ?それを肯定してくれる集団ってあってもいいというか、絶対にあるはずだよねこの世界に。
なんか社会ってさあ、「やりたくないことをやる」っていうことで、持っているわけじゃん。
でも自分の人生をそういうふうにね、機械みたいに、陳腐な言い方をすれば社会の歯車のようにして抑え込んで、そういうのってないだろ。一度きりの人生じゃん。
まあね、でもそれで、なんかこう、大義がなされるのならばいいのかもしれませんよ?
例えばさ、自分がそうやって身を粉にして働いている国が、なんかこう、ちゃんと自分たちにその取った税金分の働きをするかさ。
ちゃんと国家が正義を成しているならばそれでいいのかもしれない。
自分を犠牲にしたかいがあるって思うやつもいるかも知れない。
でもそうじゃないでしょ?今の世界。
取った税金の分だけ働かないわけですよね。頭悪いじゃんだって。
国の運営方法をちゃんと把握していれば、こんな増税とかしませんよねだって。
国の経済政策は、ちゃんと適切な量のお金を社会に流動させることが大事なんだけど、それが出来てね岩ケジャン。
国がニートじゃん。
つまり政治家はゾミアなんですよね。(なにいってだ)
だからこっちもゾミアにならないとそんなわけですよ。
だからこそ、いまニートとか、そういう国家に反逆するっていうのが必要なんじゃないかと。そうやって「お前がちゃんと働くまでおれは働かない」っていう、そういう態度が必要なんじゃないかなって。
まあ、正直選挙で良い気がしますがね。働かない政治家は国会から追放するのが、最善策というか、早い気がしますがね。
でもなんというか、「自分たちで政府をコントロールできる」っていうのに気がつくべきだよな。そういう点で昨今のゾミア的風潮は好ましいと思う。
というか、ゾミア的なニート生活送ってるやつも一応法律的にもちゃんと権力者というか、一票の力を持っているわけだから、ちゃんとその権利を行使してほしいよね。
そういうものでしょ
権力というか、人権って。何もしなくても一方的に貰って良いものなんだよ。それだけの余裕はあるんだよ国には。
「俺は権力を行使する資格なんて無い…」って思ってなんか行きたくないのかもしれないが、
大丈夫、今のゴミ政治家のほうが資格がないからね。正直生きている資格はないと思う。それだけの大罪だと思うわけよ。日本を貧しくしたっていう。
なんか俺もそうだけど、
政府を、絶対権力者とか、王様とか、「絶対従わないといけないもの」っていうふうに考えすぎだと思うんだよな。
いやコントロールできるんだよ。本気で抵抗したら手出しできないというか。
まあ確かに、人殺しとか犯罪とか、そういうことに対して「合法だー!!」っていうふうには抵抗でき無いと思うけどさ。
(なんか最近では麻薬が合法化するとか狂ってる流れになってきてるけど)
ちゃんとそうじゃない、ちゃんとしたこう、自分の人権というか自由を守るために、政府に抵抗できるっていうか。
例えば、毎日ゴロゴロしながら過ごしたいみたいな、そのために最低限の労働しかしないとか、
あるいはその最低限の労働すらしたくないから、ベーシックインカムはよとか。
そういうのって、なんか「うわーこいつ」とか一般人思うかもしれないけど、全然良いと思うよ。そういうのってゾミア的というか、自分の自由のために生きてるじゃん。
でもさあ、そんなこと言ったって、反ゾミア的生活じゃん。自分たちの生活って。
ちゃんと秩序!とか税金!!とか、そいう感じで生きてきたわけじゃん。先祖代々。
例えば仕事とかもやめられないだろうしさあ。いきなり止めたらどうやって生活すればってなるけども。
でもなんというか半ゾミアになればいいというか、
基本的にはそういう今まで通りの生活を続けて、その上でどう怠けるかだとか、どう好きなことをするかだとか、
そういうふうに、何でもそうだけど少しずつ変わっていくしかないというか、
ほんの少しだけでも良いから、生活を変えていく、自分の望む方へ、そういう感じで、少しずつ積み重なっていけば、国も変わっていくんじゃないかなって思うわけよ。
例えばさ、よくブラック企業とかでよく見るけども、定時帰りで「みんな頑張ってるでしょうがー!!」って言われるやつ、
あれも正直気にする必要なく帰っていいと思うんですよね。
あるいは仕事中にネットするとかさ。
アレもゾミアだよね。
いや働くということ自体がゾミアではないがね。ゾミアからすれば就職それ自体が真面目すぎる。
なんかもっとこう、この秩序だった社会の中で、自分の権利を有効活用するかっていう。いかに基本を秩序側に置いておきながら、自分のいる位置をどう活用するかっていう。
まあやりすぎるとクビになるわけだがね。
なんというか真面目になりすぎなんじゃないかと思ったわけですよ。これまでの俺の人生。
そんなね、犯罪とか、他人が嫌がることでなかったらいいんじゃないかって。
自分の中の正義に反しないならば、楽していいんじゃないかと。
そういうラインというか、そういうのには気をつけないといけないのかもしれないけども。もっとこう、弾けてえよな。ハジけてぇ