猫がいたんですよね。道に。
なんかにゃおーとかいって二匹の猫がなんか喧嘩してるみたいだったんですよ。
そこで俺は、「しめしめ、これをスマホのカメラで撮って、運良く面白いものが取れたらYou Tube二アップして収益ゲットだ。とか、浅ましいことを考えて録画し始めました。
すると問題が発生した。
なんか風が強くて、ブルブルするんだ。視界が
でもまあ、良いかと思って続けたんだね。
まあそのまま多分一分とか2分、三分続いたんだ。
ネコはなんか微動だにしなかったんだ。
「あれ?」と思った。そろそろアクションがあってもいいのではないか。
でもまあそのまま続けていたのだがね。
ふとオレは気がついたのです。
そう!!ネコは見ていたのだ!!
ネコはオレを認識して、そのために動かなかったのだ!!!
いあいあ!!くとぅるーいあ!!!
いやなんかね。
なんか俺はこの二匹に、全く意識されてないと思ってたんだよね。
なんというか、神様視点というか、俯瞰視点でただただ見下ろし、そして二匹は俺のことを認識してないのだと、何故か勘違いしていたのですがね。
でもそれは間違いだったのだ。おそらくネコはこちらを認識していたのですよ。
俺がスマホ片手に立ち尽くしていた約3分間程度の時間、最初からネコはこっちを認識したいたわけですよね。
それに気がついた主観、ゾッとしましたよ。
その証拠に、なんかこっちを見てるんですよね。
そしてこっちに歩いてきてるわけですよ。
「貴様!!見ているな!!」
そういうわけですよ。
なんか、負けたなって。
俺はなんか浅ましいね、動物のプライバシーを侵害していたというかなんといか。
金のためにそういう浅ましい行動を取っていたわけです。
いやまあね。なんかネコも、取られることはまんざらでもないのかもしれないがね。
でもまあもし不快だと思ったならば申し訳ないと思ってね。
動画は削除しましたわ。
なんかこれはこれで面白そうだけども
「喧嘩していたと思ったらこっち見ていたwwww」みたいな。「貴様!見ているニャン!?」みたいな
でもね、これはけじめなんですわ。このブログに書くのもけじめなんですわな。
そういうね、誠意を魅せないといけないなって。
俺がペットをかいたくないとおもうのも誠意なんですよね。
ペットの動画、鶏とかネコとか犬とか見るの好きなんですが、飼いたいとは思えないわけです
だって俺、生き物の面倒みきれないもん
昔なんかシーモンキーのやつあったじゃん。小さいカブトガニみたいな。
あれね、すごいよ。卵を水につけて次の日完全に忘れてたもん。
なんか他にも蚕とか飼ったときは、ギリギリちゃんと眉になるところまでは続いたんですがね。(でもクワの葉っぱを入れるのがくっそめんどい)
でも繭になったところでなんか自慢したくて学校に持って言って、なんかその振動がやばかったのか成虫になることはなかったな。自慢もできなかったし。
なんか結局俺は、生き物が好きなんじゃなくて、生き物が好きな自分が好きなのかなと。
結局俺はナルシストでしかなく、なんか人の心を多少持っていることを認識したいがために、そういう動画を見て他者を愛でるんだろうけども、
実際のところ俺は俺にしか興味ないんだろうなって。他人に優しくすることがあってもそれは自分がこんなに他人に優しくすることができる偉大な存在であることを認識したいんだろうね。
でも実際のところ俺は自分の利益になることが一番楽しい!
他人の利益になることをするのは、そいつが成長して何か発明とか色々役に立つことをすれば、その利益が俺のところに回ってくるからなんだわな。
まあそれはそれで、善だと思うがね。
でもなんかこうね、他人の成功は基本妬ましいですわな。
っていうか他人自体が怖い。意識がある存在が近くにあるってストレスじゃん?
なんかね、そういうところがあるな。俺以外にもそういうやついるでしょ。
生き物とか他者とか、そういうのと相性が悪いというかね。
友達とかに関しても同じことが言えて、なんかこう、理由もなく仲良くすることができないわ。
だからこそ、なんかこう、最初から「これは無理」ってきることができたわけですわな。
そうやって悩みとかを少なくしていくことが健康なんだろうね。
もしこれが、「ペット飼いたいなぁ~でもなぁ~」ってそういう未練があったとしたら、その分時間が無駄になるわけじゃん。
進路とかもそうだけども、自分が何が得意で何が嫌いなのかを把握しないと、なんか可能性が膨大すぎてドコに行けば良いのかわからなくなると言うか。
だからこそそういうね、切り捨てるというか、捨てるというか、
なんかこうね、前述のネコの件もそうだけど、捨てることが重要なんだろうなって。
捨てるっていうか、「俺はここでは戦えない」みたいな領域を把握する必要があるよな。