緊縮財政派の人たちは色々と理屈をこねて、「日本を貧乏にしたほうが得だー」とかふざけたことを言ってるわけですが、その理屈コネの一つに「貧乏にしたほうが少ないパイを取り合ってより狂人な企業ができる!!」というのがあるのです。
つまり昭和的な、追い込めば追い込んだだけ強くなる、みたいな。そういうことを言ってるわけですよね。
そして殺してしまう。ブラック企業みたいに社員を追い詰めて自殺させて、それで「死ぬとは思わなかった」とか泣き言言ってるわけですよ。
そんな覚悟なら最初からやるなよ。ガキかこいつら。
多分ね、緊縮で日本が潰れて、いよいよ崩壊しますよって、全部間違いでしたって証明される頃には、「そんなつもりじゃなかった」とかバカみてえに言い訳するんだろうな。ピーチクパーチク。
小泉進次郎()の「ビニール有料化は私は言ってない~」とか、財務省の竹中の「俺は悪くない~」とか最近でもありましたねニュース。首相も言い訳ばっかしてるじゃん。自分の無能を認めずに。
口だけは達者で考えも行動も責任も取らないのがほとんどの政治家だからな。
山本太郎さんの演説、質疑を見てると、すごい緊縮で苦しんでるところを変えようとしているところが分かる。それ以外にも色々と問題をちゃんと考えてるんだなって。
敵国条項とかの知識も俺はまったくなかったからね。
話は戻るが。
でもね、まあね、そういう「追い詰めて育てる」っていう、昭和の時代遅れの考え方、なんか分からなくもないというかね。
実際は追い詰めたら追い詰めただけ体や精神が傷つくわけですよね。追い詰めただけ弱くなる、っていうのが実際のリアルであるが。
でも感覚的というか、ゲーム的に、観念的に、机上の空論的に考えて、「追い詰めただけ苦しめただけ強くなる」っていうのは、自信満々に言われたら、なんとなく「ああそうだな」って納得しがちな論理ですよね。
だからこそ自己責任論がまん延しているわけですし。
どうしてなんだろうって思ったんですよね。パラドックス的というか。
なぜ実際は弱くなるのに、強くなると誤解されてるのか。全く正反対じゃないですか。
まずそれを考えて一つ思ったのが、「優生思想」、「弱いやつは殺す」という論理。
つまり、「苦しめれば確かに強くなるにはなるやつもいる。でもそれは一部の人だけ」って思うんですよエ
例えば、環境圧みたいな考え方が自然界には合って、例えば地獄みたいな、毒で満たされている環境だったり、寒すぎたりあつすぎたりする環境があるとして、そこでは普通の生き物は生きていけないわけじゃないですか。
普通の生き物は死滅するわけで、でも逆にそれに適用できた生き物は生き残れるわけですよね。
そうやって弱い個体を切り捨てると言うか、適用できなかった個体が死んだ結果、生き残る。全体としては強くなる、みたいな。
そういうマクロ的な考え方ならば確かに「苦しめれば強くなる」っていのは正しいのかもしれない。
だがね、実際こういうことをやった社会があったらしいんですよね。
優生思想と経済のイヤな関係。日本は負の歴史を繰り返してしまうのか | 社会の今、未来の私 | mi-mollet(ミモレ) | 明日の私へ、小さな一歩!(1/2)
昔ナチスドイツにて、ダーウィンの進化論を悪用して、「じゃあ俺たちも弱いやつは子孫残せないようにしよ」っていって、去勢を行ったわけですよ。
そしてそれを日本も真似して、1996年まで(!?)法的にはそういうことを続けていたらしいわけですよね。
そして今も問題になっている緊縮財政ですよ。
それで「追い詰めれば追い詰めるだけ強くなるんだから」って。
つまり「弱いやつは死ね」って言ってるわけですよね。実際それで倒産する企業はたくさんあるわけですよ。
じゃあ実際、そうやって優生思想の緊縮財政を続けて、どうなったかというと日本は経済が衰退してるわけじゃん。
いやいや…なんで優生思想まだ支持してるんだよ。やめたはずじゃなかったのか?ヒットラーと手を切ったはずじゃなかったのかよ。
なんかね、正直優生思想という考え方は、たしかに自然全体で見れば普通に行われていることなのかもしれないが、人間に当てはまえる必要ある?って思うわけよ。
ゆる生物学ラジオっていうやつで言ってた言葉なんだけど、
(2) 「生物的に正しいから◯◯すべき」は論理のすりかえにすぎない【雑談回】#26 - YouTube
34:40あたりで言ってることなんだけど、
「自然界でそれが正しいとして、それが何?」
「人間界は自然界と違うんだから、同じである必要はないよね」
と言ってたんですよね。
これすごいいい言葉だなと思って。
別に人間はそこらへんにいる虫だったり動物を食って生きてるわけでもないし、ソラが飛べたり動物並の力があるわけでもない。
動物だって人間並みの知能があるわけでもないし、多くの道具を使いこなせるわけじゃないですか。
別に動物と人間で、前提となる条件が違うのに、何故同じにしようとするわけ?
もっと言えば、何故「人間が間違ってて、自然が正しい」って思うわけ?
別に自然動物だって邪悪なことするじゃん。自分の子供を食ったり、発火して森を焼いたり、脳みそをのっとって殺す生き物だっているじゃん。自然=悪っって図式だってあるわけで、
「何でもかんでも外にあるものほうが正しい」、みたいな考えは違うわけじゃん。
確かに正しいものが有るかもしれないが、全てはそうではない。
自然にも人間界にも、良いものと悪いものが有るわけで、
それを取捨選択して、良いものだけを取り入れて悪いものを排除できる選択ができるわけですよ。知能の有る私達人間にはそれができる!!
でもそれをせずに、「人間だから悪!!自然だから善!」って考えがいるわけじゃん。
なんか「天然由来だから無害だよ」みたいなこといって大麻とかを進めてくるやつがいるけど、
じゃあ「天然由来で全部無害なら野生のフグ捕まえて丸呑みしろ」って思うわ。
フグだって天然だから無害なんだよなぁ?!
これ日本の安易なグローバル化にも言えることで、
政治の世界では「海外のほうが偉い!日本は遅れてる!」とか、「海外では常識だから消費税29%!」とか、「インボイスは海外では常識だよ。」とか普通に言ってるわけですよ。
海外ってだけで全部正しいってんなら、じゃあロシアの戦争は正しいってことになるよな?原爆投下は正しいことになるよな?
大麻合法化だって独裁政権だってレイプだってカースト制度だって銃社会だって海外だから全部正しいことになるわけだろ?
でも実際はそれで何人も死んでて人生潰してるわけじゃん。
極端に言ったが、そう言えば分かるでしょ。
「インボイスは海外のものだけど、正しいものとは限りません。」「考えもなしに海外の制度を取り入れることは、サイコロで制度を決めるのと同じくらい愚かしいことだ」
「海外ではこうだか日本でもこうすべき!」みたいな論調に対して、「いやだから何?」って思うわけですよね。
海外と日本ではそもそも前提となる条件が違うわけで、文化だったり風土だったり技術力も何もかもが違うわけですよ。
そもそも海外で失敗した制度を日本でも導入しようとしてるわけですよ。
ええぇ~!ってなるよね。失敗したって前例があるのに、なぜ!?
移民とか大量に受け入れた国は、もうだめになってるわけじゃん治安が。
インボイスだってそれでフランスだかどこかの中小が全部潰れて生産力的に凄い損失になってるらしいじゃん。
その失敗した制度をわざわざこれから導入しようとしてるわけですよ。
アホ通り越して、…これ何?よくわからないものになってる。
だからもう「海外が取り入れてるから何でも良い制度!」っていう論調はもう通用しないわけですよ。
取り入れるとしても、まずは合理的に、それが本当に日本に合っているのかを真剣に話し合う必要があって、100%合って無ければ見送りっていう形になるわけですよ。
そして例えば「50/50でん日本合ってるかもだから取り入れる~」ってのは政治家として無責任としか思えない。
国民の命を勝手に掛け金にするな。人間以下の畜生がよ。聞いてるか小泉純一郎。お前の優勢民営化のせいで国民は貧しくなったよ。一生後悔し後ろ指刺されて生きていけ。竹中ももう皆お前のことを白い目で見ているからな。親族にも冷たい目で見られてさぞ苦しいだろう。岸田はもう政治家でもなければ人ではない。大量殺人鬼は人とは呼ばれない。恥ずかしい救えないモノ。
まあつまり何が良いたいかって言うと、「追い込んで育てる」っていう考え方は、そういうヒットラーも大好きな「優生思想」によるものなわけです。
つまり「緊縮財政派」は、「優生思想派」と改名すべきなわけですよ。
弱いものを切り捨てるあの悪名高い優生思想。
緊縮財政派の皆さんは次からはそう名乗ってください。
「私達は弱いものを切り捨てて社会全体を良くしていきます!ヒットラーさま万歳!!」って。
「自然こそが善で人間が悪」「海外が絶対的に正しい」と盲信する一神教と同じメンタルを持つ狂信者たちが生み出した幻影だってことだよね。考える知能がなかったんだろうな。
だからこれからは大罪を犯した政治家どもたちが追い込まれる番だ。一生後悔し、没後もヒトラーみたいに蔑されるべき嘲笑われるべき人間として歴史に残るだろう。
まあしょうがないよね。あんだけ殺したんだから。
重要な椅子に座ってるにもかかわらあず、責任放棄して立食パーティーして国民を見殺したわけだから、
その死んだ彼らからすれば生ぬるいくらいだよ。その苦しみを受けてほしいよね。
これから受けるんだよ。その苦しみを。
永遠に許されない十字架を背負って生きていけ。
これからは新しい時代が幕を開けるからさ。大罪人たちはせいぜい全国民に嘲笑われてピエロになれば良い。
それしか彼らが世界に貢献できることはない。
無能だから政治家として働くことはできなかったね。
これからは嘲笑われるの存在として世界に貢献していけばいいのさ。
裸の”王様だったもの”として嘲笑われて生きていこう