サブカルの個人的定義

 

前に、マジカルデストロイヤーズっていう、平成の怪物を紹介したんですがね。

 

しかし、いうてね。オタク的なアレというか、その心意気というか、そういうのを大事にしていきたいと言うか、実際世界に通用するレベルだからな日本のアニメ・マンガ、サブカルチャーは。

 

 

まあただね、経済がね、クソ無能ウンコおばけ政治家が、「サブカルは恥ずかしいんだよ!!」って言ってインボイスで潰そうとしてきてるからね。自分から宝を手放していくのか…(困惑)

 

それは日本を良くしていこうと自分では思ってるのかもしれないけど、本心では単にサブカルが嫌いだからやってるんだろうね~。自分とは違うものを排斥する、まさしく黒人や白人を排斥するのと同じ心理なんよ。

パイナップルピザが嫌いなのはわかるけどもそれを他人に強要してはいけない。(戒め)

 

だから選挙が重要というか、れいわ新選組を広めてほしいと言うか。

 

そいうね、「戦わないといけんのちゃう?芸術とかサブカル界隈も。」みたいな。

 

まさに今直面してる問題じゃん。サブカルが。AVとかのエロ関連もだけども。

 

まあ作者の人そんな事考えてないのかもしれないけども、そういう俺の勝手な解釈で、なんかこう、叩きたくないなっていのがあるわけですよね。デストロイヤーズは。

 

もっと反抗的な態度を示していかないと、なんかそれがダメなことみたいなイメージがあると、政治家はやりたい放題なわけですから。

 

何でもかんでも老害の嫌いなものを排斥し、「勤勉勤勉結構結構」とか言って自分は葉巻スパーってやってるしゃべる豚を畜産してくことになるわけじゃないですか。真面目な国民が。本来その富は声を上げれば皆で共有できるはずののじゃん。

 

だからこういうアニメ、否定したくねえなってのが本音だな。

 

そういえば同じオタク戦争的なテーマの電池少女もなんかアンチいたらしいけど、電池少女は別に良かっただろ!!全然良かっただろ。デストロイヤーズは擁護しきれない部分もあるけども。

 

まあね。色々と思うところはあるんだが、ところでサブカルの定義についてちょっと思ったことが合ったわけなんすわ。

 

まあ色々なところで言われてるかもしれないけど、なんか今のサブカルって、何十年後くらいには、なんというか、能とか歌舞伎、とか、そういうのと同じ立ち位置になってるんじゃないか、という予想。

 

今のサブカルを見てると、「いやまさか」って思う気持ちもわかるが、しかし考えてみてくださいよ。

 

能とか歌舞伎とかも、昔は庶民とかが行く娯楽みたいな感じらしいじゃん。寿司とかも今でも高級とか、そういう職人、みたいなイメージがあるけども。でも昔は庶民が食うものだったわけじゃん。

 

つまり、手軽にみんなが気楽に行けるようなそういう娯楽が、何十年何百年も勃つと、高級志向みたいな、そういう感じになると思うんですよ。

 

だってそういうパターンじゃん。あらゆるコンテンツにおいて。

 

MTGも、最初はブラックロータスとか1万円で変えてたのが、今じゃ何百万とかだし、東方とかも今ではすごいじゃん。最大コンテンツじゃん。

 

他にもあると思うけど、なんかすごいわけじゃん。

でも最初は、気軽な、手軽な感じのコンテンツだったわけじゃん。

 

っていうか今でさえ、アニメはなんか限られた精鋭が制作に入ることができるみたいな、恒久的なやつじゃん。声優とかも、そういう威光があるわけじゃん。

 

オタクとかって最初はアニメとかの話をしただけで「うわ、犯罪者予備軍じゃん」みたいに排斥されてたのに、今じゃ「あーしもオタクだよ!!ワンピース見てるし」みたいな感じのステータスになってるわけじゃん。

 

同じく漫画家とかも、なんか最近ではすごい職業みたいなイメージになってるよね。

 

まあね。そういう感じでね、サブカルというか、低く見られてる娯楽っていうのは、何十年も続くと、そういう社会的地位を得る、という性質があると思うわけですよ。経験則からして。

 

なんかふなっしーくんも最初はやべーやつだったのが、今じゃすごい稼いでるらしいからな。

そういうね、気楽さ、きやすさっていうのは、そういう権力への階段、というかね。大仰な言い方をすればね。そういう部分があると思うわけですよ。

 

つまるところ、違う言い方をするならば、サブカルチャーは、メインカルチャーになるんです。

 

ここね、希望というかね、良いと思うところなんですが、

 

ではサブカルチャーとは一体ナニカというと、

 

「新しい」かつ「大量に生産されるもの」という定義なんですよね。俺の中で。

 

逆にメインカルチャはその逆、「古くて」「少数にしか作れない」ものがメインカルチャーという定義だと思うんですよね。

 

まず、「新しい」というのは、まあそのまんまですね。

 

今までのなかったジャンル

 

例えば海外の昔の絵画の界隈だけども、

 

なんか昔の絵の世界は、リアル調のものしか認められてなかったわけじゃん?

 

でも野獣派とか、シュールレアリスムとか、そういう「リアルじゃなくてもいいだろ!!」っていう、「新しい派閥」ができた。

 

それで、それが生まれた当時は「いやそれはバカがすることだ!!」って古株が批判し続けてたけども、次第にそれも認められて言って、

 

そしてそういう新しかった野獣派なり、シュールレアリズムなりも、「古典」の仲間入りをしたわけです。

 

これも、サブカルチャーメインカルチャーになったという推移なわけじゃん。

 

まあこういうことって色々な世界で起きていることなんだろうけども。

 

そして次に「大量に作られる」という点。

 

これも重要だと思う。

 

つまりどういうことかというと、「作りやすい」あるいは「ダレでも一般人でも多くの人が制作や購入に携わる」

 

つまり参加者が多い、ということがサブカルの定義の一つだと思うんですよね。

 

つまり人気があるということ。まあ当然、人気がなければ文化にはならないわな。

 

でもまあ俺の中で、参加者というよりも制作者が多い、というのも、重要な定義というかなんというか。

 

これがもし、クラシックな、例えば刀鍛冶とか、そういうのだったとしたら、それを作れるのは限られた施設、技術を持っているやつだけじゃん。少ないじゃん。

 

他にもバイオリン演奏だとか、ピアノ演奏だったりとか、そういうメインカルチャーといかクラシックな文化っていのは、得てして造り手に乏しいわけだわな。

 

それはサブカルじゃないじゃん。気楽に参加できるのがサブカルなわけでしょ。

 

例えばなろうとか、夢小説だとか、イラストだとか、そういう比較的pcさえあれば簡単に再入できるっていうのがサブカルの定義だと思うんですよね。

 

だからこそ、生産数が多い。だって簡単に制作者になれるんだから。

 

そして生産数がおおいということは、その中にうもっている精鋭も多いということじゃん。

 

なんかアレでしょ?ブラジルとかどっかの国は、娯楽がサッカーしか無いから、多くの人々がサッカーをやっていて、だからこそその中で精鋭が生まれる、だからブラジルはサッカー強豪国、みたいなね。

 

人口が多ければ多いほどその界隈のレベルは上がるんすよ。

 

そういうところもサブカルの強みというかね。

 

そうこの「参加者の多さ」っていうところが、社長、あるいは政治家が意識しておくといいいなと思うところなんだがね。

 

例えばさあ、今緊縮財政してるじゃん。ゴミ政治家や帰化政治家さんが「2位じゃダメなんですか!?」「無駄削減!」「断捨離!」「民営化!!」とか言って、国家の予算をケチってるわけじゃん。

今デフレだからお金をバンバン使っていくべきなのにも関わらずケチってるわけじゃん。財源も国債で作れば問題ないのにさ。

 

税金で弱い者たちから財源を搾り取って、企業には減税して、さらに補助をケチケチしてるわけじゃん。

 

その過程において、「成果でないと予算上げないよ~」とかいって研究者減らして言ってるわけじゃん。

 

つまり人口を減らして言ってるわけだよ。なんかさ、自分の無能さをさしおいて「無能研究者にはお金あげませ~ん!」とか言ってるわけじゃん。

 

これさあ、前述の「数の多さこそがその界隈のレベルの高さ」っていう法則に当てはめると、かなり悪手なわけですよ。

 

無能に対してもお金を与えて研究を続けさせるべきなんすよね。

そういう重要な研究という界隈においては、莫大な国家予算を書けて人口を確保するべきなんだよ。

 

つまり今の日本は自分から科学力を捨てに行ってる部分があるわけじゃないですか。それで人口流出とか言ってるわけっすよ。アホかな?

 

そういうね、上に立つものはね、そういう事を考えたほうが良いと思うよ。

 

無能に対しても育てるという意識でお金をあたえるべきなんよ!

まあ企業はむずいだろうが、政治なんてノーコストでお金を作れるんだから!!

 

 

いや仮に特定のそいつが確実に育たないとしても、ある程度数さえ確保していれば誰かが優秀になるんだから。確率的に。

 

ブラジルのサッカーの話を思い出してくださいよ。人口が多いからこそトップのレベルが上がるわけです。

 

 

いやまあね、無能とか言って失礼だけども、正直科学者は人類の宝だよ。

神や天使より上の格だと思う。だって多くの命を救ってるわけじゃん。

 

今自分がくいものに困らないのも、ちゃんとした家に住めてるのも過去の科学者たちのおかげじゃん?

だからこそ研究に携わってる時点で尊い存在

 

それを忘れてるよ色々な人が。

この世界で誰が一番偉いのかと言うと、そういうことをしてきた人だろ?

カルトでズルして票を獲得して不正して威張ってるやつが偉いのか?バカじゃねえの?

 

だからこそ研究にこそ、今までの礼も込めて資金を投入するべきなんだわ。最優先なんだわ。保護するべきなんだよね。

人に対してもそうだけども、今まで人類を救ってくれた研究という概念に対しての礼も込めてさあ。

 

それと同じことが、農業とか林業とかあるいはサブカルチャー、観光資源などにも言えるわけなんだわ。

 

それに対する礼を全く感じない。予算ケチりまくってるじゃん。まるでハダカの王様なんだよね。自分が有能だと勘違いして国壊してるじゃん。

 

お金を持ってるやつが偉いんじゃなくて、生産してるやつが偉いんだよ。

 

だからこそ政府は、生産者に対して平伏し、資金を援助し続けないといけないんだよね。

簡単にそれができるんだから国債で。

 

 

 

そしてさらに、資金投入以外にその人口を増やすために、もっと学校の教育を効率化しないといけないと思うんだよね。

なんかこうさ、机にかじりついて勉強なんて、絶対将来に影響してくるわけじゃん。

 

もっと学問って楽しいものだと思うんですよ。

 

でも学校は古い大勢を維持したままじゃん。

だから俺は学校は嫌い。

 

「教育」という機能はこの世界に必要だが、それをベストな状態になってない。ただのお金儲け機関みたいになってるのがアウト。

 

 

そういうね、サブカルの定義からそういう政治の話になっていくという、そういう記事でした

 

皆でれいわ新選組を広めよう!